第15話 おかえり
放課後、吉本君から文化祭について、うちのクラスで決まったことを教えて貰った。
吉本君は席が隣なだけじゃなくて、あたしと一緒の文化委員。あたしが休んでいる間にクラスみんなで意見を出し合って、クラスの出し物が決まったらしい。
誰が言いだしたのか知らないけど、コスプレ写真館をやろうってことになったらしくて、その為の案をいくつか考えておいてくれたみたい。
「教室の半分を着替える場所として、パーテーションで仕切ったスペースを三部屋くらい作ろうかと思うんだ。それで、残りの半分をスタジオと受付にしてさ。うちのクラス、写真部が二人いるから、撮影は彼らに任せておいて、俺がそれを印刷しようかなって。プリンタさえ持ち込めれば小型ノートパソコンでもサクッと作れちゃうから」
「背景は?」
「美術部にお任せ」
「衣装はどうするの?」
「演劇部から小道具を借りられるように、話をつけておいた。あとはコスプレ衣装を持ってる人が貸してくれることになってるけど、そんなにないんだよね。どうしようか」
吉本君の机で二人頭を突き合わせてノートを覗き込むと、吉本君の几帳面な字で箇条書きにされた項目がずらりと並んでる。
「なにこれ」
「準備したいねーって言ってた衣装。この横に名前が書いてあるのが、演劇部とか個人持ちのを借りるやつ。ただの黒丸がまだ調達先の決まってないヤツ」
そこには『新選組・山本』だの『カンフースーツ・岸谷』だの『タキシード上下・織部』だの書いてあって、名前の無いのは『アラビアンコスチューム』とか『魔法使い』とか『姫ドレス』とかそんなのが並んでる。
「あたし、お裁縫得意だよ。これくらいなら多分作れると思う」
「え、ほんとに?」
吉本君が急に顔を上げるもんだから、思わずのけぞっちゃった。顔、近いよ!
「すごいじゃん、じゃあ、どうしても探せなかったら柚木さんが作るって事でもいい?」
「うん、いいよ。っていうか時間も無いし、もう決めちゃおう。明日中に探せなかったら作るってことでどうかな」
「じゃ、その代わりと言っちゃなんだけど、これ終わった後は演劇部に買い取って貰うように、俺の方で交渉しとくよ。あ、それと生徒会のプリンタと演劇部のミシンも借りられるか聞いてみる。パーテーションも俺が準備するから、柚木さんは衣装の方頼むよ」
「うん、わかった。吉本君も無理しないでね。一緒に頑張ろうね」
そう言ったら吉本君、ふっと笑ってあたしの顔を覗き込んだ。あ、確かにこうして至近距離で見ると整った顔立ちしてる。
「柚木さんさ、今、いろいろ大変だろ? 無理すんなよ?」
え、急にそんなこと言われるとドキッとする。
「ありがと。大丈夫だよ。忙しくしてる方が余計なこと考えなくて楽なんだ」
極力明るく言ってみたけど、吉本君はちょっと言いにくそうに躊躇いながら言葉を続けた。
「要らないお節介かもしれないけど、今、家はどうしてるの? あ、興味本位じゃなくて……家に持ち帰ったりするのは大変かなって」
玲央さんのこと言わなければ大丈夫かな。
「引っ越したんだ。住み込みで家政婦させて貰ってる」
「住み込みかぁ……じゃあ、家に持ち帰って衣装を作るわけにはいかないね。教室の一角を衣装作りのスペースとして使わせて貰うようにみんなに言ってみる。ここで作れば、みんなもできることは手伝ってくれるだろうしね。明日話してみるよ」
「うん、お願い」
吉本君は思ったより仕事ができる人だった。一学期、殆ど喋ったことが無かったから気づかなかったけど、ちょっとカッコいいなって思ってしまった。
家に帰ってもまだ玲央さんは戻っていなかった。三年生だし、二学期だし、もう部活は引退しているだろうに。もしかして彼も文化委員なんだろうか。文化委員でなくてもアドバイザーとかやっていそう。
そう言えば玲央さんが何組なのか聞いてなかった。玲央さんのクラスも覗いてみようかな。
夕ご飯を作っていたら、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。玲央さんだ。あたしは玄関に顔を出した。
「おかえりなさい」
玲央さんは、ハッと顔を上げて一瞬固まった。
「あ、た、ただいま」
何? 何その反応。あたし、変なこと言った?
「どうしたんですか?」
「あ、いえ、その……『おかえりなさい』って言われるのが、とても久しぶりだったものですから」
ああ、そうか。この人のお母さんはお家にいたんだ。あたしは帰っても誰も居ないのが当たり前だったから、気づかなかった。
「そういえば、あたし今日、ただいまって言ってなかった」
「誰も居ないじゃないですか」
「ううん。お家に言うんです、ただいまって。今までもずっとあたしを迎えてくれるのはお家だけだったから、いつもそう言ってたんです。でもあたし……そういえば『おかえりなさい』って言うばかりで、言われたことは無いな」
やだ、あたし何言ってんだ。こんなこと言ったら玲央さん困っちゃうよね。
「あ、あのっ、お風呂湧いてます! あたしご飯作ってますから、先どうぞ」
慌てて話題を逸らすと、彼は一瞬何か言いたそうな顔をした。けどすぐに小さく頷いた。
玲央さん、何考えてるかわかんない。変なやつだって思われちゃったかな。
はぁ……やっぱり学校より家の方が気疲れしちゃう。一人になれる時間、欲しいな。そんなこと言える立場にないけど。大丈夫かな、あたし。
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