第16話 吉本君

 翌日からは、吉本君と二人三脚で文化祭の準備が始まった。

 朝のホームルームで、吉本君がクラスのみんなにコスチューム提供のお願いと、教室の一角を専用スペースとして使いたいという話をしてくれた。

 二時間目休みには、明日香が演劇部の方から借りられそうな小道具の一覧を持って来てくれて、部長に交渉をするのも引き受けると言ってくれた。


 なんだかんだでクラスみんなが協力的で、ビックリするくらい仕事が進む。

 他のクラスはなかなか話がまとまらなくて苦労してるらしい。普通はそうなんだろうな。うちのクラスはあたしが文化委員だから、みんなが気を使って協力してくれてるんだ。それがほんの些細な一言から伝わって来て、凄く申し訳ない気持ちになる。

 吉本君を筆頭に、みんながなるべくあたしに負担をかけないようにしてくれてるのがわかる。いいのかなって思いながらも、せっかく甘えられる友達がいるんだからって自分に言い聞かせて、その厚意に甘えてる自分がいる。


 お昼休みには柔道部の男子が、柔道場準備室から畳を二枚運び込んで来た。それを教室のベランダに出して日向に干すようにと、吉本君が指示してる。どうやら彼の指示で、柔道部の顧問に許可を貰って畳を借りたらしい。

 ベランダから戻った吉本君が、あたしに向かって軽く手を上げた。


「柚木さん、畳二畳分のスペースを教室の後ろに確保するから、そこを衣装準備スペースとして使ってくれる? ねえねえ、みんなちょっと聞いて。今日から文化祭の日までこの辺のスペースに畳を敷いて、衣装の準備スペースとして使おうと思うんだけど。協力して貰っていいかな?」


 クラスの子たちが一斉に吉本君を振り返る。


「やだって言えねーじゃん、もう畳持って来てるし」


 っていう誰かの声で、教室がドッと笑いの渦に巻き込まれる。


「そりゃそーだ。じゃ、そういう訳でよろしく。畳スペースの責任者は柚木さんだから、畳スペースの中のものは柚木さんの許可なしに触らないでねー。掃除もサボっていいから」


 最後の一言でまたみんなが笑う。吉本君、みんなを乗せるの上手い。


 その後、生徒会から借りてきた長机が畳予定スペースの横に設置され、そこには同じく生徒会から借りてきたプリンタも準備された。そこに吉本君のパソコンを繋げばすぐに写真でも型紙でも印刷できる。

 他のクラスが何をやるか決まっていないうちに、うちのクラスだけがどんどん準備を進めていった。


 放課後、ベランダに干された畳は柔道部の子の手によって回収され、教室の後ろのスペースにきちんと敷かれた。

 あたしと吉本君のところにはみんなからいろんな情報が集められた。型紙の無料サイトの情報とか、写真用のプリンタ用紙がどこのお店でいつ安くなるかとか、大手手芸店のバーゲンセールがあるとか、割引クーポン券とか。


 一通り片付いて、空が薄暗くなるころに吉本君と一緒に学校を出た。

 一緒に帰って知ったんだけど、吉本君はあたしの最寄り駅のもう一つ向こうの駅が最寄だった。文化祭までは毎日一緒に帰ることになりそうだ。

 電車の中でもやっぱりさっきの話は続いた。


「ねえ、アラビアンコスチューム色違いで二つ三つ欲しくない? きっと友達同士でお揃いにして撮りたいと思うの」

「あー、なるほどね。俺はそういう女子の発想わかんないから、柚木さんがそうやって意見出してくれてほんと助かるわー」

「あたしがやるならきっと葵と明日香とお揃いで撮るなって思ったもんだから」

「アラビアンってベリーダンスみたいなへそ出しだよね? 見てる方がなんか照れるし」


 やっぱり男子って女子のそういうのチラ見とかするのかな。葵なんかは男子をじっくり観察してるもんね。


「写真部の子ってフツーに撮るんでしょ」

「あいつらにとって被写体は被写体でしかないし」

「吉本君は違うの?」

「俺は女子と無縁な部だからさ、いろいろ気になっちゃう」

「何部?」

「ロボット工学部」


 電車が駅に停まり、ドアが開く。人が大勢乗って来て、吉本君があたしの腕を取って引っ張り寄せる。

 一学期は全然気にしてなかったのに、ここ数日で急接近したせいか、こんなふうにされるとちょっとドキドキしてしまう。

 再びドアが閉まって電車が動き始める。ガタンって揺れて、あたしがバランスを崩しかけると、吉本君の手があたしの肩の近くまですっと上がる。けど、別に触れるわけじゃなくて、あたしがよろけてもすぐに支えられる範囲に待機してる感じ。そういう気配りができるんだ、この人。


「ロボット工学部って、ロボット作ってるの?」

「うん、まあ俺が作ってるのはオモチャだけどね。一学期いっぱいで引退した部長が凄くてさ、結構本格的なの作ってたんだ。きっと理系の難関大学行くんだろうな」

「吉本君も理系の大学行くの?」

「うん、それしかできないし」

「そっか。じゃあ来年はあたしとは別のクラスだね」


 うちの学校は二年生になると文系と理系にクラスが分かれる。一年生の間は普通に1組から4組まで混ぜこぜだけど、二年生からは1・2組が理系、3・4組が文系、しかも1組と3組はそれぞれ特進クラスだ。

 

「柚木さんは文系?」

「うん。文系でないと卒業できない」

「俺も卒業がヤバいって理由で理系」


 思わず二人でプッて吹いちゃった。間違いなくあたしは4組で決定。文系だし大学も行かない。っていうか行けない。吉本君はこの雰囲気だと2組なのかな。

 吉本君と話してると楽しい。来年も一緒のクラスだったら良かったのに。


「あ、もうすぐ駅に着いちゃうね。今度の土曜日、もし時間あったら一緒に買い出し行かない? 手芸店のバーゲンセールがあるって誰か言ってたよね? あ、でも柚木さん、家政婦の仕事あるんだっけ」

「土日はお休みって言ってたから、大丈夫だと思う。お掃除とお洗濯だけして、あとは出られると思うけど、一応帰ったら聞いてみるね」


 電車が駅に着いた。もう少し話していたかったけど、また明日会える。


「じゃあね、吉本君ありがとう」

「柚木さんも気を付けてね」


 あたしは閉まるドアの中で笑顔を見せる吉本君に、小さく手を振った。

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