第25話 おぼっちゃま
その日の晩の食卓には、ちょっと変わったものが並んでいた。焼きそば、フランクフルト、たこ焼き、フライドポテト。これらはすべて三年一組の売れ残り。一人暮らしを豪語する玲央さんに、クラスの友人たちが持たせてくれたらしいのだ。
実際のところ家政婦(あたし!)がいるわけなんだけど、そんなことまさかクラスで言える筈もなく、そのまま素直に貰って来たらしい。
正直あたしも文化祭で疲れてしまって夕食を作るのがとても億劫だったので、このお土産はとても助かった。
結局、あれから終わり近くなってから玲央さんと伊集院先輩が再び一緒に現れ、コスプレ写真を撮って行ったのだ。
あたしは伊集院先輩に姫ドレスを準備していたんだけど、玲央さんに王子様の恰好をさせたら「やっぱり姫ドレスは柚木さんが着てちょうだい、わたしはメイドのコスプレをしてみたいわ」って言いだして、何故か王子様スタイルの玲央さんを挟んで姫ドレスのあたしとメイドスタイルの伊集院先輩と三人で写真を撮る羽目になった。……なぜこうなったんですか?
今考えるととんでもない話だけど、彼女はドレスなんて着慣れている(!)から、着たことのないものにチャレンジしたかったんだって。だからってあたしを姫にするのもどうかとは思うけど。
写真を撮り終えて出て行くときに、玲央さんが「今日の夕ご飯は準備しなくていいです」って言ってたんだけど、この時すでに焼きそばその他を持たされていたって事なのかな。
そういえば二階堂君って言ったかな、あの謎男子。何者なんだろう。
「あの、玲央さん?」
「なんですか?」
「昼間の二階堂君ですけど……」
玲央さんは焼きそばを食べる手を止めて、ふっと笑顔を作った。
「ああ、彼ですか。彼は二階堂家の御子息で、
「はぁ……」
なんだか、聞いてるだけでお坊ちゃまというのがよく分かる。あたしには一生無縁な世界だ。
「科学部の縁で文化祭に遊びに来たんですか」
「まあ、表向きはそうですね」
「は? 裏向きもあるんですか?」
そしたら、玲央さんが玲央さんらしからぬというか、不敵にニヤリと笑ったんだ。
「桜子に二階堂君を紹介したかったんですよ。桜子もあれで彼氏いない歴を更新中なので」
「えっ? 玲央さん、伊集院先輩と婚約してるって……」
って言ったら、玲央さんが憐れむような眼であたしを一瞥すると大きなため息をついた。
「どなたから聞いたのか知りませんが、その情報は意図的な策略に満ちていますね。確かに少し前までは手代木・伊集院両家が顔を合わせるとそんな話をよくしていましたが、僕と桜子にその気が無いんですから話が進む訳がありませんよ。大体、あの桜子が僕なんかで満足する訳がない」
「玲央さんで満足しないのに、二階堂君を紹介したってことは、彼、そんなに凄い人なんですか?」
「僕が知っている中では同年代最強の頭脳ですよ」
あの小っちゃくてぽわぽわとした可愛らしい彼が?
「槍術に於いてもあの年齢にして師範代の腕前、そのうえ家柄も申し分ない。なにしろあの二階堂ですからね」
「玲央さんはいいんですか?」
「は?」
そうだ、さっきから違和感があったんだ。そこに彼の意志はない。
「玲央さんは伊集院先輩の事はいいんですか? 好きだったんじゃないんですか?」
「僕が? 桜子をですか?」
「違うんですか?」
「それは無いですよ。幼馴染としては好きですが、兄弟のようなものですから、そこに恋愛感情はありませんね」
玲央さんはきっぱりと言い放つと、たこ焼きを食べ始めた。この人、たこ焼きがもの凄く似合わない。
「伊集院先輩と玲央さん、王子様とお姫様みたいで凄く似合ってました。伊集院先輩が着ると、メイドの衣装もお姫様みたいで。あたしなんかドレス着てても家政婦っぽかったのに。これが育ちの違いなのかなって」
玲央さんは何も言わずに黙ってお茶をすすっている。何か言いたいことはありそうだけど、とりあえず聞きましょうって感じなのかな?
「玲央さんも凄くカッコ良かったです。伊集院先輩と二人で朝一に和服で来たとき、異次元の生き物に見えました。もう、そこだけ光り輝いてて。住んでる世界が違うんだって再認識したというか」
「どうして」
「え?」
ふと、玲央さんが寂しそうな眼をした。
「どうしてそうやって別の世界に住んでいることにしたがるんですか?」
えっ? あたし、何か気に障ること言っただろうか。
「僕と菫さんは、同じ家に住んでいませんか? 同じものを食べて、同じお風呂に入って、同じ部屋で寝ていませんか?」
確かにそうだけど……って、それちょっと、改めて言われると凄い照れる。何照れてるんだ、あたし!
「僕は確かに手代木の跡取りかもしれません。ですが、桜子や二階堂君とは違う。勿論彼らの考え方を否定しているわけじゃないんです。二階堂君はあの研究所を引き継いでいくでしょうし、その為に現在の財力をフル活用して更に二階堂を大きな家にしていくでしょう。僕は家の財力に頼らず、僕の力だけでどこまでできるか試したい。だからこそ手代木の家を出て、こうして自活しているんです。確かに手代木は伊集院家や二階堂家と並ぶ財閥ですが、手代木玲央という個人は菫さんと同じ世界に住んでいると思っています」
玲央さん、そんなこと考えてたんだ。誰の力も借りずに一人で。っていうか、『手代木は伊集院家や二階堂家と並ぶ財閥』って言った? 大地主とかそういうレベルじゃないんじゃないの?
本当にこの人、本物のお坊ちゃまだったんだ! 今更だけど!
「ごめんなさい。さっきの伊集院先輩と一緒にいた玲央さんがあんまりにも素敵だったもんだから、手の届かない存在みたいな気がしちゃって」
「目の前に居るじゃないですか。いくらでも手は届きますよ」
玲央さんがあたしの手を取った。そうだね、こんなに近くに……って、うわあ! 手っ! 手ぇぇぇえっ!
「あ、あ、あのっ、玲央さん、将棋強いんですねっ!」
あたしは顔から火を噴きそうになりながら、慌てて話題を変えた。
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