第24話 謎男子

 コスプレ写真館は大盛況だった。なにしろ玲央さんと伊集院先輩の和服ツーショットがあるんだもん。別にあの二人はコスプレしてるわけでも何でもないんだけど、もうあれだけで集客効果は抜群だった。

 中には凛々子の写真をくれっていう人やら吉本君の写真をくれなんて人も出て来て大変だったけど、明日香まで「生徒会のお二人の写真データあとでちょうだい!」なんて言ってるとこ見ると、まだまだそんな人が出てきそうだ。


 だけどあたしはそれどころではなかったのだ。生徒会執行部が何をやっているのか、気になって気になって仕方が無かったんだから。

 交代の時間が来て、吉本君にそれとなく執行部の企画の場所を訊くと、一緒に行こうと誘ってくれた。どうやら彼も玲央さんのところが気になっていたみたい。


 会場は会議室だった。畳を一枚敷いたスペースと六畳のスペースがあって、それぞれ別のことをやっているみたい。あたしたちが入っていくと、すぐに伊集院先輩が気付いて出迎えてくれた。


「先程は鉛筆をどうもありがとう。わたしは伊集院桜子といいます。よろしくね」

「あっ、柚木菫ですっ」


 慌てて頭を下げていると、奥から玲央さんが出てきた。


「吉本君、柚木さん、いらっしゃい。もうすぐ十一時からの回が始まりますが、参加されますか?」

「え? 何やってるんですか?」

「こっちの狭い方で将棋、広い方では茶会をやるんです。茶会の方は予約が三名、あと二名くらい入れます。今回の亭主は伊集院さんが担当します。将棋の方はまだ申し込みがありません」


 どうしようかなって悩んでたら、外でにぎやかな声がして、なんとそこに明日香と葵が入ってきた。


「あれ? スミレここに居たの? やだ、吉本君と一緒なんて抜かりないなー」

「俺が誘ったの」

「うっそ、マジで?」


 なんてやってたら、伊集院先輩が「お待ちしてましたわ」って二人を茶会の方へ案内してしまう。


「あの二人、お茶会の予約入れてたんですか?」

「はい。もうお一方、他校から遊びにいらしている僕の友人が来ますが、どうなさいますか? 柚木さんも久しぶりにお茶を楽しまれては」


 玲央さんの言葉に、吉本君が敏感に反応した。


「久しぶり? 柚木さんってお茶やってたの?」

「あ、うん。中学の時、茶道部で」

「っていうか、なんで手代木先輩がそんなこと知ってるんですか?」

「柚木さんの事でしたら吉本君よりはいろいろ知っていると思いますよ」


 え? 玲央さん?


「あ、あの、あたし、お茶会に参加させてください」

「吉本君はどうされますか?」

「お茶なんてわかんないしなぁ」

「大丈夫だよ、あたしが教えてあげ――」


 まで言いかけたとき、玲央さんがいきなり遮ったのだ。


「吉本君、僕と一局指しませんか?」




 どうしちゃったんだろう? 玲央さんらしくない。すぐ隣のスペースが気になって仕方がない。

 まだスタートしてから十五分ほどしか経っていないが、玲央さんは吉本君を全く寄せ付けない強さを見せているらしいのだ。偶に吉本君の「強えー! 先輩、ちょっと手加減してくださいよー!」って声が聞こえてくる。


「お先に」


 不意に隣に座った背の小さい男子に声をかけられた。玲央さんのお友達とか言ってた人だ。確かにうちの制服と違う、どこの学校の人なんだろう?

 玲央さんと対極にいるような雰囲気。緩い癖っ毛が、ぽわぽわと柔らかい空気を纏っている。ずっと笑顔でいるのも玲央さんと正反対。


「お点前頂戴致します」


 お茶のことを何も知らない明日香と葵が、伊集院先輩に「難しく考えないで普通に召し上がっていただけば結構ですわ」って言われて「はーい」なんてやっているのに、この男子は入ってきたときから全てが完璧だった。茶道をやっている人なんだろうか。どう考えてもこの中では彼が正客レベルだ。


「皆さんそんなに畏まらなくても。お喋りなさってくださいな」


 って言われてもね。ギャラリーは玲央さんと吉本君の熱戦に見入っているし、こっちはのほほんとしているようで、なかなかに緊張感があるし。お喋りできる雰囲気じゃない。と、思った瞬間。


「お茶碗のお作は?」


 キター! 謎男子が口を開いた。


「わたしが焼きましたの。久しぶりでしたので少々感覚を思い出すのに手間取りましたが、この日の為に一つ焼いておきたくて」

「それで黒天目てんもくとは、流石、伊集院家の御令嬢」

「あら、どう受け取ったらよろしくて?」

「ふふふ、誉め言葉ですよー」


 何なのこの二人の高尚な会話は! もうあたし全然割り込めない。

 明日香と葵は伊集院先輩がお茶を点てている間も「おかわり貰えないのー?」って顔してるし、あたしはこの謎男子が気になるし、隣りの畳では吉本君が玲央さんに完膚なきまでにやられているようだし。


 こちらのお点前が一通り済むころに、吉本君の「もう無理ー。参りました、投了ー! 手代木先輩強すぎー!」ってひっくり返る吉本君の声が響いた。


「あちらは随分早く決着がついたようですわね」

「流石手代木先輩ですねー」


 先輩? この謎男子、玲央さんを先輩と呼びましたか?


「吉本君、なかなかに楽しませて貰いました。また是非一局」

「えーもう勘弁してくださいよー、全然勝てる気しませんから。てゆーか、うちのクラスの連中にめっちゃ目撃されてるんですけどー」


 なんて言いながら吉本君があたしたちに合流したところで、玲央さんが謎男子を紹介してくれた。


「こちら、二階堂にかいどう君。柚木さんたちと同じ一年生で、中学の時に科学部で仲が良かったんです」

「今も科学部だよー」

「二階堂君、こちらは柚木菫さん。まあ、いずれうちの会合で会うことになるだろうから、よろしく」


 え? 何故あたしを謎男子に紹介する? うちの会合って何?


「初めましてー、二階堂ですー」

「あっ、どうも、柚木です!」

「じゃ二階堂君、これからロボ部のデモがあるから、案内しましょう」

「わーい、楽しみー」


 謎男子二階堂君と玲央さんは、ぽかんと見送るあたしたちを他所に、実に楽しそうに会議室を出て行った。

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