第26話 恋愛しないんですか?

 なんなんだ、なんなんだ! さっき手を握られてから心臓がバクバクして眠れない!

 っていうか、大体、今日の玲央さん、なんかいつもと違ってた。和服着てたからちょっと違うように感じただけかもしれないけど、それにしても、やっぱりなんか……なんか違ったよ!

 そうだ、あの吉本君に言った言葉、なんだっけ「柚木さんのことは君よりよく知ってます」だっけ? なんかそんなようなこと言いましたよね。そんなこと言っちゃっていいんですか? あたしが家政婦やってることバレちゃうんじゃないんですか?


 それに、吉本君がお茶の方に参加するのを遮った。それはなんとなくわからなくもない。二階堂君と吉本君が一緒に参加して、伊集院先輩が二階堂君じゃなくて吉本君の方に目が行っちゃったら困るんだから。

 そして吉本君を将棋でコテンパンにして、玲央さんには敵わないところを見せておきながら、その玲央さんが二つ年下の二階堂君を紹介するとなれば、吉本君じゃまるで二階堂君の相手にすらならないという事を暗に伊集院先輩に見せつけることができる。

 流石玲央さん、これだけのことをあの一瞬で計算したんだから末恐ろしい策略家だ。


 だけど、これで玲央さんと伊集院先輩が許嫁なんかじゃないってことがわかったし、本人たちにその気が全くないってこともわかって一安心だ。

 ん? なんで一安心? そこ安心するとこじゃないよね。いや、まあ、婚約者がいるのに家政婦と同居(居候)なんてやっぱり変だもんね。っていうか、こうして隣に布団並べて寝てること自体、普通に考えたら不自然極まりないことだもんね。

 はぁ~って溜息ついたら、隣りで寝ていた玲央さんがこっちを向いた。


「どうしました? 眠れませんか?」

「玲央さん、起きてたんですか?」

「ええ、いろいろ考えてまして」

「大変ですね、お仕事」

「いえ、仕事のことを考えていたわけではないんですが」

「伊集院先輩の事ですか?」

「まあ……それも無くは無いんですが。自分はどうするんだろうかと考えたら、迷路に嵌ってしまったんです」


 窓のカーテンから漏れる外の灯りで、玲央さんの顔が薄ぼんやりと見える。

 ああ、こうやって暗闇で見ると、恐ろしく整った顔立ちに見えるな。あたしも暗闇で見たら美人に見えないかなぁ。


「桜子は確実に二階堂君に惹かれます。あんなに可愛らしいのに、槍術も一流なら茶道も華道もこなす、そのうえIQは160の天才です。今の高校には入試で全問正解で入学したんですよ。そのくせ偉ぶったところが無く、人当たりも柔らかい。それでいて結構ワイルドな一面もある。あんな魅力的な男を僕は見たことが無い。確かに背はかなり小さくはありますが、桜子は外見などを気にするようなつまらない女ではないんです」

「二階堂君ってそんなに凄い人なんですか?」

「それはもう。彼とは一生付き合いたいと思っています。だから菫さんにも紹介したんですよ」

「え?」

「あっ、いや、まあ、あれです。二階堂家と伊集院家が親しくなれば、当然こちらとも接点が増えますし」

「あ、そうですよね」


 でもそれって、二階堂君と伊集院先輩が結婚したらって話ですよね? あたし、それまでここに居るかどうかもわかんないし、無関係ない気もしなくはないけど。


「今までずっと『僕と桜子』で両家が勝手に盛り上がっていたので、桜子と二階堂君がそれなりの関係になればきっと僕の祖父は『お前はどうするんだ』って言いだすと思うんですよ。『まだ十八ですよ』なんて言葉はあの人には通用しない。これからどこか良家の御令嬢を紹介されるのかと思うと気が重いんです」

「めんどくさいんですね、お金持ちって」

「お金持ちというより、昔から代々続く『家』ですね、めんどくさいのは」

「お見合い決定なんですか?」

「は?」

「玲央さん、恋愛とかしないんですか?」


 玲央さんが黙った。どうしよう。変なこと聞いちゃったかな。


「そうですね。最初にも言いました通り、僕の恋人は外国為替市場と経済学ですので。でも……」

「でも?」

「機会があれば、恋愛というのをしてみるのもいいかもしれません」


 ドキッとした。

 自分で言ったのに、何故だろう『嫌だ』って思ってる自分がいることに気づいた。

 玲央さんが誰かのことを好きになる。外国為替とか経済学じゃない、『人間の女の子』。

 この感情はなんだろう。落ち着かない。玲央さんが誰かを好きになるなんて、嫌だ、嫌だ、嫌だ。



「あ、そういえば」


 唐突に玲央さんの口調が変わった。


「祖父から連絡がありまして、菫さんの未成年後見人に決まったようです。これで各種契約が菫さんの方で行えるようになります。保険金の手続きの方は済ませておきました」


 あ、忘れてた。自分の事なのに。


「ありがとうございます。あの、時間ができた時でいいので、玲央さんのお爺ちゃんのところに挨拶に連れてってもらえませんか?」

「わかりました。ちょうど文化祭も終わったことですし、今度の休みにでも行きましょう」


 玲央さんのお爺ちゃんか。どんな人なんだろう。凛々子の話ではマフィアのボスみたいな人しか想像できなかったけど……。

 なんてことを考えているうちに、あたしは眠ってしまった。

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