第27話 玲央さんのお爺ちゃん
手代木邸への訪問は、いろいろ想定外だった。
そもそも電車で行くのだと思っているところからまず間違ってた。文化祭の日の伊集院先輩んちみたいに、黒塗りの高級車が迎えに来たのだ。
あの時のように運転手がピンポーンってやって来て「坊ちゃま、お迎えに上がりました」とか言って、玲央さんがあたしの手を取ってエスコートしてくれて、もう「何が始まったの?」って感じ。
車に乗ってからも落ち着かなくてそわそわしてるあたしを、玲央さんが「どうされました?」って気遣ってくれるんだけど、どうもこうも無いですよ、この車なんですよ、落ち着かない理由は。あたしは一般庶民だから、玲央さんの軽自動車の方が乗り心地がいいんですよ、なんて言ってもわからないんだろうな。
車の中ではあたしの緊張をほぐそうとしているのか、玲央さんがいろいろ話してくれるんだけど、あんまり頭に入ってこないというか何というか。
「今日は僕たちが招待客なんですから、菫さんが緊張することはありませんよ」
そう、あたしが挨拶に行きたいと言ってることを玲央さんがお爺ちゃんに伝えたら、なんとお爺ちゃんの方から食事に呼んでくれたんだ。だから恐縮してますます小っちゃくなっちゃってるんだけど。
とは言え、やっぱり玲央さんが小学六年生まで過ごした家というのはいろいろ気になる。この人格が形成された家だもんなぁ。
「見えてきましたよ。あれが僕の実家です」
まさか、この長い長い塀? 下の方がお城の石垣みたいになってて上の方に瓦の屋根が付いた白い土塀がずーーーっと。
その『まさか』の門のド正面にあたしたちの乗る高級車は停まった。
あたしの想像した通りの、いや、その想像を遥かに超越した家だった。漫画ならここで、門と表札が「ドーン」「バーン」って効果音とともに、立て続けに二コマ連続で来るとこだ。
ああ、想像した通りの表札、かまぼこ板の王様みたいな黄色っぽい木の板に『手代木』って達筆で彫ってある。足元には黒御影石のタイル、門の上には黒い和瓦、そして壁は白い漆喰、映画に出て来る大ボスの家だ。大変な人をバックにつけてしまった。
あたしがまごまごしていると、運転手さんがドアを開けてくれて、先に降りた玲央さんがあたしの方に手を出してくれる。
やっと車から降りて、右手と右足が同時に前に出てしまうくらい緊張しながら歩くと、目の前の門がバーンと開いて中から想像通りの『髪を後ろにひっつめたお手伝いさんらしき人』が出て来て「玲央坊ちゃま、お帰りなさいまし。大旦那様がお待ちでございますよ」とか言っちゃって、「柚木様でいらっしゃいますね、お待ち申し上げておりました」かなんか言っちゃって、あたしも緊張して「こ、こんにちは」とか、お前は小学生かって言いたくなるような挨拶しちゃって。
とにかく想定外というかある意味想定内というか、そんな世界が目の前に展開したのだ。
門から玄関までは白御影石のタイル(といっても1メートル四方くらいの)が敷いてあって、その隙間は黒い玉砂利で埋めてある。両脇にはツツジとかなんかそんなのがいっぱい植わってて、池なんかもある。しかも立派な錦鯉がたくさん泳いでる。きっと一匹当たり七桁くらいの金額の奴だ。十匹でおばさんの借金が返せちゃう!
玲央さんの後について進んでいくとうちのベッドルームより広い玄関があって、ツヤピカに磨き上げられた木の廊下なんて幅がうちのリビングほどもあって、なんかもう、ここんちの廊下で生活できますよって感じ。
玲央さんに案内されて、庭が見渡せる和室に通された。
こちらに背を向けて庭を眺めていた恰幅のいいお爺ちゃんが、組んでいた腕をほどいてあたしを迎えてくれた。この人が玲央さんのお爺ちゃんか。
「やあ、よく来てくれたね」
「初めまして、柚木菫です」
「さあ、こっちに座って」
言われたとおりにふっかふかの座布団に座ると、さっきのお手伝いさんが紅茶とお菓子を運んで来る。
畳は青々としてるし、テーブルは杉か何かの一枚板だ。庭に面した窓には雪見障子も無く、天井から床までの大きなガラスで外の枯山水が見渡せるようになっている。
「あの、後見人、引き受けていただいてありがとうございました」
「いや、こちらこそ無理を言ってしまったようで済まなかったね。
「椿というのは祖母の名前です」
横から玲央さんが注釈を入れてくれる。
「椿さんって仰るんですか。素敵な名前ですね」
「見えるかね、すぐそこの
お爺ちゃんはそこまで言って「おっと、若い人にこんな話はつまらんか」と笑った。
「いえ、あたしお花大好きですから。生まれたときからマンション住まいで……って言っても、玲央さんのマンションですけど、ずっと庭のある家に憧れてたんです。ベランダは洗濯物を干さなきゃならないから、プランターや植木鉢を置くこともできなくて。侘助なんて植木鉢じゃ育てられないですよね」
「そんなことはないぞ。盆栽で侘助を咲かせている仲間もいる」
「え、そうなんですか。いいなぁ」
あ、こんなこと言ったら、今の生活に満足してないみたいに玲央さんに受け取られちゃうかな?
「ところで、どうだね、玲央との生活は。家政婦と聞いているが、困っていることはないかね?」
そうか、お爺ちゃんには報告してあるんだ。そりゃそうだよね。
「玲央さんは凄く良くしてくれて、学校の勉強も教えてくれます。お陰で古文のテスト、今までで一番良かったんです」
「古文? 玲央は理系だと思っていたが?」
「理系なんですけど、古文でも地理でも何でも教えてくれるんです。玲央さん、校内で成績トップなんです。教え方も上手で、玲央さんの家政婦やるようになってからの方が成績上がりました」
お喋りしてたら緊張がほぐれてきた。お爺ちゃんも貫禄と大物オーラは凄いけど、その割に気さくに話しかけてくれて喋りやすい雰囲気作ってくれてる。
こうして見ると確かに顔の雰囲気は玲央さんと似てる。鳩羽鼠の着物をサラッと着こなして、頭は白黒半々ってとこだけど、なんかそれがまたカッコいい。
「菫さんの働きぶりは玲央から聞いているよ。和食が得意だそうだね」
「あたしも和食が好きなものですから。玲央さんも和食好きって聞いて安心しました」
あたしの緊張がほぐれてきたのがわかったのか、お爺ちゃんが「そういえば」と話題を変えてきた。
「菫さんは桜子の事は聞いているかね?」
「はい。それなりに」
「先のことだが、桜子が嫁に入ってからも玲央のところで家政婦を続けて貰えんかね」
「はい?」
「そんな先の話は籍を入れるころでいいじゃないですか」
流石に玲央さんが割り込んだ。だけど、籍を入れる? 玲央さん、桜子さんとは結婚しないって言わなかった? 二階堂君はどうなっちゃったの?
「桜子は卵もろくに割れんだろうが。せっかく優秀な家政婦を見つけたんだ、予約しておいても罰は当たらん。どうかね、菫さん。まだまだ先の事だから、心の片隅にちょこっと置いておいて貰えればいいんだが」
ここはとりあえず「うん」と言っておいた方が良さそうだ。玲央さんも曖昧にしていたことだし。
「はい、もしそういう事になりましたらその時は喜んで」
そこにちょうどさっきのお手伝いさんが入ってきた。
「大旦那様、お食事の準備ができました」
「おお、そうか。では菫さん、玲央、向こうへ行こうか」
あたしたちは彼女のおかげで、なんとかこの話題を継続されることから逃れることができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます