第58話 独り言

 今日は玲央さんの卒業式だった。あたしたち在校生には無関係なイベント。講堂には卒業生とその保護者と、来賓しかいない。

 在校生で登校していたのは生徒会執行部と放送部の人達だけ。放送部はイベントの度に駆り出されてるから、先日玲央さんに放送部ジャックされた二年生の原田先輩も来てるみたい。


 保護者席には卒業生の親なんだろう、両親揃って来ている家もあって、その生徒が家でとても愛されているかがわかる。玲央さんもお父さんとお母さんに来て欲しかったのかもしれない。

 あたしも自分の親くらいの年齢の人達に交じって出席した。同じ制服を着た生徒が保護者席に居て、他の保護者が訝しげにこちらを見ていた。

 大丈夫、あたしは間違ってないんです、卒業生の家族ですから。


 玲央さんは卒業生代表としていつものように堂々と挨拶していた。カッコ良かった。学校でのカッコいい玲央さんを見ることはもう出来ないんだな。その代わり、毎日玲央さんと一緒にいられる。この素敵な人を独り占めできる。

 おかしいね。半年前までは生徒会長の顔すら記憶になかったのに。


 卒業式が終わって二人で家に帰った。学校から一緒に帰るのは今日が初めて。最初で最後。電車に揺られる時間も、一緒に肩を並べて歩く時間も、かけがえのない時間だった。

 今更だけど、もっと何度もこの制服で一緒に下校したかったな。こうして同じ学校の制服を着て一緒に帰るのが一度きりなんて、なんか勿体ない。


 一人でごちゃごちゃ考えてながら改札を出たら、玲央さんが不意にあたしの手を取った。うわぁ、なんか、恥ずかしいです。


「この街は……」


 ん? 彼の目が遠い位置でピントを結んでいる。


「こんな景色だったんですね。僕は二年間この街の景色をちゃんと見ていなかったかもしれません。いつの間にコンビニができてたんだろう。ここにあったハンバーガー屋さん、知らぬ間になくなってる。そうか、あのころシュン君はまだ幼稚園にすら入ってなかった。前川さんがシュン君の手を引いてユウちゃんのお迎えに行ってたか」


 独り言? あたしに話してるわけ……じゃないですよね? 


「僕の両親も自動車事故でした。僕には祖父母がいたから、まだ菫さんよりは余裕があった。それでもあの当時の僕は酷かった。祖父母の言葉も先生の言葉も友人たちの言葉も、何も耳に入らなかった。あの時僕は一人で生きて行こうと決めたんです」


 相槌打った方がいいのかな。でもなんか、何も反応できない感じ。


「大切な人を作ってしまったら、その人を失う日が来る。それがどうにも恐ろしかった。祖母が旅立った時も、両親の時と同様、僕は泣かなかった。泣けなかったんです。今思えば、キャパシティを超えていたような気がします。こんな辛い思いは二度としたくない。だから愛する人などいない方がいい、そう思いました」


 それってなんか寂しくないですか。あたしは無理です。一人でいる方が辛いです。だってあたし、一人では生きていけませんから。一人ぼっちなんて絶対無理です。


「ですが人を大切に想う気持ちというのは、拒否できるようなものではなくて。というか、制御できるものではないということに気付きました。菫さんと出会って気づかされたと言いますか」

「はい?」


 あ、今「はい?」のタイミングじゃないですよね、でも声が出ちゃいました、すいません。


「菫さんを好きになってはいけないと思いながら、どんどん惹かれて行く自分が止められなかった。でも、それで良かったのだと思います。辛い思いはしたくないという気持ちに、大切な人を守りたいと思う気持ちが勝ちました。あなたがいるだけで僕は少しだけ強くなれる」

「はい、ありがとうございます……」


 っていうのもなんだか変じゃないですか? でも他に言いようがありません!


 なんだか、何を話していいのかわからなくなって、あたしは黙って歩いた。玲央さんもそれ以上は何も言わずに歩いた。ただ、手だけはしっかりと握ったままで。

 早咲きの桜がチラチラと舞う中を、あたしたちは静かに並んで歩いた。

 心地良かった。玲央さんの手がすべすべしてて、見た目より大きくて、なんだか安心した。


 狭い路地に入ってあたしたちのマンションが見えて来た。シュン君の姿がチラッと見えた。「ただいま」って手を振ろうとしたら、逃げるようにマンションの方に駆けて行ってしまった。ユウちゃんと遊んでるのかな。

 というか、シュン君いたのに、玲央さん手をつないだままでマンションに入っていく気なのかな。シュン君とユウちゃんにはやし立てられるのは目に見えてるんだけど……。


 門のところまで来るとちょうど中から飛び出してきたシュン君と鉢合わせになった。

 もちろん、「ただいま」で終わるわけは無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る