第57話 初夜ですか!
それからは大変だった。それまで全く目立たない存在だったあたしは、一躍『玉の輿』として脚光を浴びることになってしまったんだもん。なにしろあの手代木の跡取りの求婚を受けて、バックには伊集院がついているというのを、あの場で全校生徒に見せつけてしまったのだから、そりゃあ大騒ぎにもなるってもんです。
葵は今から「結婚式呼んでや~」なんて言ってるし、明日香は「手代木先輩の隣に並ぶのがこんな地味な子なんて許されない!」と、あたしを改造しようと計画してる。
そこへいくと凛々子はちゃっかりしてて、「手代木先輩が借金立て替えてくれたんだったら、手代木先輩とくっついちゃったらチャラになるんじゃないの?」なんて現実的なことを言い出す始末。
玲央さんはと言えば、あたしが手代木に籍を入れた後でも、卒業するまでは学校で柚木姓を名乗ることを校長先生に交渉してくれた。卒業証書も『柚木菫』で作って貰うように、段取りを整えてくれたから一安心。ほんと頼りになる旦那様です。
実際、いきなりあたしが『手代木菫』になったら友達はみんな呼びにくいと思うし、なんといっても『手代木』って言ったらうちの学校では玲央さんのことを指すのであって、間違ってもあたしじゃない。ややこしくなるのを避けるためにも、あたしの柚木姓は必須なのだ。
あれから最初に迎えた週末は、玲央さんの大学の二次試験の日だった。なんとなくそんな予感はしたんだけど、やっぱり桜子さんの襲撃に遭って手代木邸に連行されたわけで。
玲央さんの実家だというのに、玲央さん抜きでお爺様とあたしと桜子さんと後から合流した大地君の四人で、玲央さんをネタにお喋りが盛り上がるってどういうことでしょう、玲央さんごめんなさい。
桜子さんが玲央さんの『放送部ジャック』のことを面白おかしく話すもんだから、お爺様が「あの玲央がそんなことを!」って爆笑してて、背後では志乃さんが「玲央坊ちゃまナイスでございます」とかなんとか……もう、みんなで楽しんでるようですけど、あたしはあの日それどころじゃなかったんですからね。
でも、あの時の桜子さんのお陰で今こうしていられるんだから感謝です、ありがとうございます。
夜になって玲央さんと今後の話を少ししたんだ。
玲央さんのプランでは、大学に入学すると同時に起業するんだって。既にアイディアは大地君がどんどん出してくれているらしくて、あとはデザイン起こして商品化するだけとか言ってる。
あたしはそこでデザイナー兼プランナーとして雇って貰うことになった。
あたしが頼んだんだ。やっぱり借金をチャラにして貰うのは違う気がしたから。玲央さんのところでちゃんと働いて、そのお給料を全額借金の返済に回して貰う事にした。
あたしの仕事は、大地君が持ってきた案を実現可能なプランに起こす事。商品化の為の試作品を作るのが主な業務。
全然イメージ湧かなくて不安になったけど、説明して貰ったらなんかあたしにもできそうな気がしてきた。
彼はどうやらエデュケーショントイの開発をやりたいらしいんだ。早期教育の市場を観察していて、大人向けのエデュケーショントイの需要に気付いたらしい。
大地君が最初に考えたのが、深海生物のぬいぐるみだって言うの。リュウグウノツカイとかホウライエソ(?)っていうのとか、なんだかちょっとグロい魚なんだけど、マニアにはめちゃくちゃウケるって。
玲央さん自身はイソギンチャク(またですか!)とかウミウシを揃えたいって言ってる。
つまりあたしはこれらぬいぐるみの試作品を作るって事だ。なるほど、これならあたしにもできそう。UVレジンの資材を経費で落としてくれるなら、ウミウシやイソギンチャクなんてそっくりに作れそうな気がする。
他にも大地君は、寄生虫も作ろうとか人間の内蔵を作ろうとか言ってたらしくて……でもこれって売れるのか疑問。この人、単純に趣味に走ってないですか?
まあ、それはさておき、あたしももうすぐ二年生。これからは家政婦としてではなくて、玲央さんの奥さんとして家事をしつつも玲央さんの仕事を支えて、勉強もしなくちゃならない。
学校に行っても、玲央さんも桜子さんもいなくなる。いろいろ不安ではあるけど、そのために玲央さんが段取りしてくれたんだもん、いつまでも頼ってるわけにはいかないよね。
なかなか眠れずにいろいろと考えているうちに、隣りの部屋の電気が消えた。静かに襖を開けて、玲央さんが入って来る。
夕方、市役所の住民課へ婚姻届を提出してきた。窓口のおじさんが制服姿のあたしたちを見て一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐにニッコリ笑って「おめでとうございます」って言ってくれた。少し恥ずかしくて、いっぱい嬉しかった。
玲央さん、あたしたち、もう夫婦なんですね。なんか嘘みたいです、あたしまだ高校一年生ですよ? もうすぐ二年生になるけど。
隣のお布団に滑り込みながら、玲央さんが声をかけて来た。
「どうされました、眠れませんか?」
「はい。なんかいろいろありすぎて」
「何かありましたか? 今日は婚姻届を出しただけだと思いましたが」
もう! それって一大事じゃないですかー! 興奮して眠れませんよ。
「ああ……もしかして初夜とか心配なさってますか?」
「ひぇっ! その発想はありませんでした!」
そ、そ、そうだ、初夜ってヤツではないのですか? 結婚したわけですし!
「心配しなくていいですよ、菫さんはまだ高校在学中ですから。それとも期待なさってましたか?」
「いえっ、全く期待なさってないです!」
「そういう時は『ご遠慮申し上げます』ですよ」
クスクスと笑う声が聞こえる。なんか完全に遊ばれてる気がしますけど。
「あまり僕を煽らないでくださいね。僕は綱渡り状態でいろいろ自制して二年持たせなければならないので。では、おやすみなさい」
「は……はい、おやすみなさい」
こちらに背中を向けた玲央さんが、なんだかとても愛おしかった。後ろからギュって抱きつきたい衝動に駆られた。
けど……玲央さんの自制心か。
え? 自制心?
自制心が持たないと何がどうなるんですか! 考え出したら心臓バクバクして来たじゃないですか。やだもう……。
はぁ。早く寝て明日も早起きしなくちゃ……って思いつつ、あたしが眠れるわけなどなかったのだ。
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