第59話 家族

 え? 何が始まってるんですか? ピクニックごっこですか?

 と思うのも無理はない。いつだったかパーゴラを作った時のように、マンションの人達が花壇の前にテーブルを出してきて集まってるんだもん!

 山本さんご夫妻に前川さん親子、小林さん夫婦も……あれ? 小林さんのお父さんもいる。っていうか小嶋さんまでいる! あたしたちがいなかったから立ち話してたのかな。


「玲央君、菫ちゃんお帰り~」

「手代木さん、卒業おめでとうございます」

「兄ちゃん卒業おめでとう!」


 みんなが口々に声をかけてくれて、玲央さんも「ありがとうございます」ってやや照れながら挨拶していたんだけど……。


「楽しそうですね。みんなでお外ランチですか?」

「お外ランチにアタシが呼ばれるわけないじゃないのヨ、ねえ前川チャン?」

「ねえ、小嶋チャン?」


 まさかこの展開が待っているとは!


「ランチじゃねえよ、スミレ。忘れたのかよ、オレ、約束したじゃん。春になったら結婚式してやるって」

「へ?」

「なんだよー、やっぱり忘れてんじゃん」

「二人とも荷物置いてらっしゃい。今からあなたたちの結婚式するんだから」

「は? え? ちょっ……前川さん? 何、どうなって」


 後ろから山本さんの奥さんが「ちゃんと二人のご両親も連れてくるのよ」とか言って、日葵ちゃんを抱いた小林さんの旦那さんが「もう待ちくたびれましたよ」って笑ってる。

 どうしよう! どうしたらいいんですか、玲央さん!


「玲央さ――」


 え! 玲央さんが


「早く早く!」


 ユウちゃんに背中を押されてあたしは部屋の鍵を開けた。玲央さんがみんなの方を振り返ったのがわかった。


「ありがとうございます。三分で戻ります」

「急いで来いよ、山本の爺ちゃん、寝ちゃうぞ!」


 あたしたちは急かされて部屋に入った。


 ドアを閉めると同時に、玲央さんがあたしの肩にすがりついて来た。今にも崩れてしまいそうな彼を、思わず両手で抱きしめた。


「玲央さん。大丈夫ですか」

「すみません……すみません」


 初めて玲央さんが儚げに見えた。彼もずっと一人で無理をしてきたんだ。一人でいる事なんかなんでもないような涼しい顔をして、その実、こんなにも人々の優しさを求めてたんだ。

 彼の背中をそっと撫でてあげた。あたしにできることはそれくらいだった。

 あたしがこの人を守って行こう。玲央さんはあたしを守ってくれると言ったけど、守られるだけの存在なんて嫌だ。二人で支え合うから夫婦なんだ。


 そうか。彼が結婚相手に求めた条件、今ならわかる。他人様のありがたみを知っている人としか結婚できないって。


「すみません、皆さんがお待ちですね。僕たちの為に集まってくださっているのに、お待たせするわけにはいきません」

「玲央さん、涙拭いて。いつものように堂々としてください。それが玲央さんらしいです。その代わり、あとでたくさんあたしに甘えてください」


 ちょっと自分で言ってて照れます。かなり恥ずかしいです。


 それからあたしたちは両親の写真を持って、きっかり三分後に外へ出た。みんなが拍手で迎えてくれた。

 なぜかユウちゃんとシュン君が二人で、白い大きなビニール袋に穴を空けてそれを頭から被ってる。というか、首だけ出してる。あたしの「何これ?」っていう視線に、お母さんが小声で「神父さんなのよ」って笑ってる。

 なるほど言われてみれば荷造り紐で作ったペンダントの先っちょに、金ぴかの折り紙で作った十字架がセロテープで張り付けてある。

 そんな二人がパーゴラの下で荘厳な(?)雰囲気を漂わせていて、その両側にはみんなで植えたストックやパンジーに加え、あの時苗を仕込んだブルーデイジーとリナリアも花を咲かせている。


「早くこっち来て!」「早く早く」


 二人に急かされてパーゴラの前へ行くと、山本さんが両親の写真を預かってくれた。

 ユウちゃんが勿体つけてクローバーの花輪をあたしの頭に乗せてくれる。クローバーの合間にタンポポの黄色とカラスノエンドウのピンクが顔を出してるのが可愛い。あたしの為に編んでくれたんだ。


 頭に花輪が乗ったのを確認すると、澄ました顔のシュン君が、わざとらしく咳払いをした。


「それでは結婚式を始めます。レオはスミレと結婚して、死ぬまでずっと仲良くすることを約束しますか」


 一生懸命考えてくれたんだろうな、なんかちょっと文面がビミョーだけど、それが凄く可愛い。


「はい、約束します」


 玲央さんが神妙な顔で言うのがまたおかしい。


「よし、じゃあ次はスミレだ」

「スミレ姉ちゃんはユウがやる」

「おっけー」


 ユウちゃんは真顔でカッコつけてたシュン君とは違って、ちょっと照れてモジモジしてる。可愛いなぁ、もう。


「えっとえっと、スミレ姉ちゃんは、レオ兄ちゃんの奥さんになって、浮気しないことを誓いますか」


 浮気なんて言葉知ってるんだ! 大人たちが爆笑してる。


「はい、誓います。浮気しません」


 玲央さんがこっちを見てクスッと笑ってる。しませんからね、浮気!


「じゃあ指輪の交換をしまーす」


 指輪? そんなものないよ。


「見て見て、さっき作ったんだよ」


 ユウちゃんの手の中に、クローバーの指輪が二つ。ヤバい、あたしもなんか泣きそうです。玲央さん、助けてください。

 玲央さんはユウちゃんから指輪を一つ受け取ると、あたしの左手を取った。随分ユルユルに作られたそれは、するりと薬指に収まった。


 あたしこの人の奥さんになったんだ。急に実感が湧いた。指輪って凄い。


「スミレの番だぜ」

「あ、はい」


 今度は玲央さんの手を取って、その薬指にクローバーを通した。

 結婚式ごっこみたいなものだけど、なんだかあたしたち二人の空気が変わったような気がした。


「レオ、誓いのキスしろよ」

「もー、シュンは余計なこと言わなくていいの」


 前川さんに羽交い絞めにされたシュン君に、玲央さんは笑って言った。


「そうですね」


 え! そうですね、と言いましたか!


「ちょっ……あたし、キスしたこと無いです!」

「心配ご無用です。僕もしたことがありませんから」


 それって、公開ファーストキスじゃないですか! むしろ公開処刑です!

 なんて考える間もなく、彼の両手があたしの肩をガシッと押さえて……うあああああ!


 むにゅって。

 柔らかいです。玲央さん。倒れそうです、あたし。


「ヒューヒュー、レオやるじゃん」

「おめでとう! 乾杯しよう乾杯!」

「山本さんはお茶? コーヒー?」

「オレはりんごジュースな」

「ユウが入れてあげる」

「玲央君と菫ちゃんはシャンパン飲みなさい」

「未成年ですけど」

「ジンジャーエールだから心配しなさんなって」


 写真立ての中の両親と目が合った。

 お父さん、お母さん。あたし、マンションの人達にお祝いして貰って、玲央さんと結婚しました。

 お父さんとお母さんに大事に育てて貰って、凛々子という最高の従姉妹いとこがいて、いいお友達にも恵まれました。マンションの人達もみんないい人です。玲央さんの実家も良くしてくれます。桜子さんっていう素敵な先輩もいます。

 何より、玲央さんがあたしをとってもとっても大事にしてくれます。


 だから心配しないで。

 これからもずっと天国で見守ってね。


「なあ、スミレ! ところで赤ちゃんはいつ生まれるんだ?」

「ええっ?」


 花壇の隅っこに咲いていたスミレが、こっちを見て笑ったような気がした。




(おしまい)

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六畳二間のシンデレラ 如月芳美 @kisaragi_yoshimi

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