第8話 居候

 結論から言えば、手代木さんのお母さんは居なかった。お出かけしていたのではない、そもそも居なかったのだ。


「父のことを聞かれたので、父が他界したことを話しただけです。二人一度に亡くなりましたので、僕は一人暮らしです」


 シレっと言っちゃってるけど、そういう事って先に言ってくれてもいいんじゃないですかー。


「っていうか、それって、もしかして、これから手代木さんと二人暮らしという事ですか?」

「そういう事です」


 って当たり前のようにサラッと言うんですかー。


「それって同棲とか言いませんか?」

「言いません。同居です。厳密にいえば住み込み、正確に言うなら居候です」


 事実だけに地味に刺さる。けど、手代木さんの方がそれだけビジネスライクでいてくれた方があたしとしては気が楽だ。


 彼の家は本当に生活必需品だけしかなくて、ガランとしていた。生活感が無いとでも言うんだろうか。テレビすらなかった。

 キッチンにも鍋とかフライパンの類が殆ど無くて、この人が二年前からずっとコンビニ弁当や出来合いのお惣菜に頼っていたことがわかる。これはうちからもう少しキッチンツールを持ち込む必要がありそうだ。


 本棚の上には彼のご両親らしい写真があって、無造作に骨壺が置いてあった。ピンクと水色の可愛い壺。お墓に入れてないんだ。そばに居たいのかな、なんとなくその気持ちわかる。

 そうか、よく考えたら、彼もあたしと同じ境遇なんだ。借金があるかどうかは別として、あたしと同じ高校一年生で両親を一度に亡くしたんだ。だからこんなに親身になってくれるのかもしれない。


 と、そんなことよりこの部屋の間取りだ。

 独身者用の部屋はリビングとベッドルームしかなかった。どっちも六畳だ。これ、どうするんだろう? あたし、どこに住むの? 住む部屋ないんじゃないですか?

 いろいろな疑問は残るけど、とにかくあたしの荷物をリビングに運び込んで、一段落ついたところで彼が「食事に行きましょう」と言い出した。そうだ、昼過ぎに引き取り業者が来るんだ、それまでにお昼ご飯を食べておかないといけないんだ。


 再び今度は別の軽自動車に乗ってファミレスに行った。これが彼の車で、さっきのワゴンはお爺ちゃんの会社の社用車を借りたらしい。


 ファミレスでご飯を食べながら、相変わらず仕事の話をしている手代木さんに、あたしは思わず疑問をぶつけてしまった。


「あの、お部屋なんですけど、あたしはどこに寝たらいいんですか?」

「それなんですけどね」


 手代木さんはスパゲティを食べる手を止めて、あたしの顔をじっと見つめた。

 あれ? この人、まともに正面から見たこと無かったけど、思いのほか整った顔立ちをしている。


「実はご覧いただいた通り、リビングとベッドルームしかないんです。ベッドルームをあなたにお譲りしてしまうと僕のプライベートが無くなってしまうんですね。それで考えたんですけど」


 彼はちょっと言いにくそうにして、眼鏡を上げた。


「部屋の名前の通りの使い方をしようかと」

「?」

「つまり、二人ともベッドルームで寝る。二人ともリビングで生活する。着替えなどはベッドルームでしていただくという事で、勉強や仕事は二人ともリビングで、というのは如何でしょうか」

「えっ、一緒のお部屋で寝るんですか?」

「はい。僕はイビキをかかないらしいですし、菫さんが着替えるときは僕はベッドルームには行きませんので」

「で、で、でも、高校生の男女ですよ?」

「大丈夫です。菫さんに性的関心はありません」


 ううー。手代木さん、地味に傷つきました。関心を持って欲しいわけじゃないですけど。


「そ、そうですか。ただ、あの、手代木さんは彼女さんとかいないんですか?」

「彼女? ああ、そんなことを心配されてたんですか。僕は仕事と勉強にしか興味ないので。外国為替市場と経済学が恋人ですから」


 そう言うと、彼はまたカルボナーラをくるくると巻き始めた。

 本物の変人だ。いるんだ、こういう人って……。でも、その方がいろいろ変に気を遣わずに済むからOKです。


「わかりました。それでいいです。じゃあ、あとであたしの着替えとかはベッドルームに運んで、勉強道具はリビングに置かせて貰います」

「ああそれとですね、今、契約書をお持ちしていますので、食事が終わったら目を通してサインしていただけますか? なるべく時短で事を進めたいので」


 ご飯を食べ終えて、二人でコーヒーを飲みながら契約書の確認をして、サインした。これで本契約成立だ。


「じゃあ、手代木さん、これからよろしくお願いします」

「既に契約違反です」

「はい?」

「学校に居ない時は仕事中です。玲央と呼んでください」


 あ、そうだった!


「すいません。玲央さん、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そう言って合鍵を渡してくれた彼の目は、今までで一番優しかった。

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