第9話 持つべきものはオカマのナカマ

 それから再びあたしの家に戻って、あたしは大急ぎでキッチンツールをまとめた。あんなに何もない家じゃ、ご飯なんか作れない。

 キッチンツールを手代木さ……玲央さんの車に積み込んだところにトラックが来た。きっと引き取り業者だ。あたしの思い出がみんな持って行かれちゃうんだ。


 トラックから降りてきた大男は、あたしの全くお目にかかったことのない人種だった。

 何故なら、玲央さんより頭一つ分高いところに顔があり、その下にはムキムキの筋肉質のはちきれんばかりの胸板が収納されていそうなTシャツがあり、それなのに何かその風貌に似合わない異質な雰囲気を醸し出しているからだ。


「玲央ちゃん、おはよ~。今回はまたずいぶんたくさんなのねェ」

「おはようございます。お休みの日にお呼び立てして申し訳ありません。ご紹介します、こちらこの家のあるじで柚木菫さん、僕の学校の後輩です」

「あらぁ、可愛らしいお嬢さん。アタシ小嶋こじまじゅんって言うの。菫ちゃんよろしくネ」


 その大男はくねくねしながらあたしの方に右手を出してきた。あたしは正直パニックに陥った。けど、ちゃんと右手を出して握手した!


「柚木菫です。よろしくお願いします」

「菫さん、こちらの小嶋さんは小規模児童養護施設で施設長をなさっている方で、こうして処分に困ったものを施設で引き取って使ってくださってるんです。そこで育って大きくなった子供が巣立っていくときに、こうして必要なものを持たせてあげているんですよ。一つも無駄にはしませんからご安心ください」


 え、このオカマちゃんが、児童養護施設の施設長さん?


「そうなんですか。ありがとうございます。小嶋さん、よろしくお願いします」

「こちらこそありがとうネ。聞いたわヨ、ご両親お亡くなりになったんですってネ。いろいろ大変だと思うケド、アタシで力になれることがあったら何でも言ってちょうだいネ」

「あ、ありがとうございます」


 いろいろ規格外な人ではあるけど、とてもいい人に感じられる。うん、多分大丈夫!


「玲央ちゃんモテるから、菫ちゃんも災難ねェ。ま、玲央ちゃん経営能力だけはずば抜けてるから、彼に任せておいて心配無いわヨ」

「小嶋さん、変な事を菫さんに吹きこまないでくださいよ」


 あ、玲央さんが笑った。初めて笑った!

 凄い、小嶋さん、この玲央さんに笑顔を作らせた!

 しかも。

 玲央さんの笑顔って嘘みたいに素敵だった。さっきまでの『手代木さん』が、いきなり『プリンス玲央』になるくらい眩しい。うむむむ、どうしよう、この人と一緒に生活してて大丈夫なのかな。この人のファンの女の子とかに、後ろから刺されたりしないだろうな。


 そんなあたしの小さな心配事など気にも留めず、小嶋さんは連れて来た数人の作業員と一緒に荷物の積み込みを始めた。

「アタシたちが積んでる間に、ご近所さんに挨拶してらっしゃいな」って言ってくれたおかげで、ご近所に引っ越しの挨拶に行くことができた。引っ越しの挨拶なんて全く考えていなかったからどうしようかと思ったけど、玲央さんが今朝来るときにいくつか小さな手土産を買っておいてくれて、それを持って挨拶に回った。どこまで頭が回るんだろう、この人。


 小嶋さんはとてもいい人で、お母さんが大切にしまっておいた宝石類とか、預金通帳とか、印鑑とか、保険証とか、そんなのを見つける度によけておいてくれたらしい。

 何が凄いって、年賀状の束をあたしに持たせて『来年はこの人たちに欠礼はがきを出さなくちゃならないのヨ』って、そんなことまであたしは気が回ってなくて、頭が下がりっぱなしだった。


 きっと、有能な人の周りには有能な人が集まってくるんだ。あたしが足を引っ張らないようにしなくちゃ。あたしも玲央さんの周りにいる『有能な人材』の一人になりたい。まずは有能な家政婦を目指そう。


 小嶋さんたちが積み込みをしている間に、あたしと玲央さんはキッチンツールを玲央さんの家に運び、再びワゴン車で買い物に行った。まさかの布団を買うためだ。

 玲央さんはベッドルームを広く使えるように、自分のベッドを小嶋さんに引き取ってもらって、毎日お布団を敷いて寝ようと言い出したのだ。

 確かに毎日お布団を上げて、寝る前に敷くようにすれば、それなりにスペースが取れる。あたしがリビングで玲央さんと一緒に居たくない時はベッドルームに避難することもできるっていう気遣いらしいけど、もしかしたらあたしが仕事の邪魔なのかもしれない。

 でも、避難する場所があるというのは、あたしにとっても都合がいい。結局お布団のセットを二組買って、玲央さんの家に置いてきた。


 なんか……お布団が二つあるのを見たら、妙にドキドキしてきた。この人と二人っきりで生活するんだと思ったら変な汗が出た。どんな人かもまだよく知らないのに、大丈夫なのかな、あたし。


 再びあたしの家に戻った時には、すっかり家の中がきれいさっぱり片付いて、何も無くなっていた。

 お母さんが使っていた牛革のトートバッグに、出てきた通帳や印鑑、保険証などを綺麗に詰めて、小嶋さんが待っててくれた。


「このバッグ、すごくいいものだから、菫ちゃんお使いなさい」


 トートバッグにはお母さんの愛用のスカーフが結んであった。小嶋さんが結んでくれたんだ。


「このスカーフ……」

「これを見たのヨ」


 写真立ての中でお父さんと一緒に笑ってるお母さんが、このスカーフを首に巻いている。


「この写真も持って行きなさいな」


 あたしの涙腺は予告も無く崩壊し、この大男の分厚い胸の中で号泣することになってしまったのだ。

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