第32話 眠れない!
その日の夜中、あたしは玲央さんが布団から起き上がる気配で目が覚めた。
「玲央さん? 大丈夫ですか?」
「あ、すみません、起こしてしまいましたか。ちょっと喉が渇いたので」
「そのままそこに座ってて。お水持ってきますから」
お熱下がったかな。明日が土曜日でほんと良かった。
お水を持って行くと、玲央さんはすごい勢いで一気飲みした。余程喉が渇いていたんだろう。たくさん汗かいたんじゃないだろうか。38度あったもんな。
遠慮気味に彼の肩の辺りに触ると、なんだかやっぱり湿っぽい。これは相当汗だくになってる筈だ。
「玲央さん、このままじゃもっと体冷やしますから、パジャマ着替えましょう。とりあえず脱いでください」
「はい」
素直に玲央さんがパジャマを脱いでいる間に、あたしはタオルを濡らして良く絞り、レンジで軽く温めた。あたしが小さい頃熱を出すと、お母さんがよくこうして濡れタオルをレンジで温めて、体を拭いてくれたんだ。汗でベタベタになっているところをこれで拭いて貰うと気持ちがいいの。
ところがあたしのそんなノスタルジックな気持ちは、寝室に戻ってちょうどパジャマを脱いだばかりの玲央さんを見ると同時に吹っ飛んでしまった。
自分で脱いどけって言ったのに、いざ脱がれたら……裸じゃないですか、当たり前だけど。そんなもの普段見ないもん、びっくりするよ。っていうか、これ、今からあたしが拭くんだよね? そうしようとしてたよね。
どどどどどーしよう!
そ、そうだ、このまま灯りを点けなければ大丈夫。外から漏れる灯りだけで十分見えるもん、顔とか見えたら変に意識しちゃうし、このままでいいや。とにかく落ち着いて。
「背中拭きますよ」
「はい」
「熱くないですか?」
「はい」
細い背中。だけど、思ったより肩幅があるんだ。男子だから当たり前か。どうしよう、なんか、凄いドキドキする。薄暗い部屋だから、余計にドキドキしちゃうのかも。電気点ければ良かったかな。でも熱がある時って、眩しいだけでも頭ガンガンするし……。
背中を拭きながら、ふとお母さんを思った。あたしにもこうしてくれていたけど、グループホームでもこういう仕事してたんだろうな。玲央さんのお婆ちゃんにもこうして体を拭いてあげたりお水持ってきてあげたりしたんだろうな。親子二代で同じことしてると思うとなんだかおかしい。
「前、拭きますよー。寒くないですか?」
「大丈夫です」
こんな時でもきっちり正座している玲央さんの正面の方に回ると、流石に視線をどこに設定したらいいのかわからなくなる。ジロジロ見るのも悪い気はするけど、珍しさから、つい見てしまう。
肩同様、細く見えた腕も思ったよりがっしりしてる。なんだか未知の生き物だ。あたしともお父さんとも違う生物。男子ってこんなに腕、スジばってるんだ。
なんかどうしよう。凄いドキドキする。変に意識しちゃってる。意識しちゃダメだ、ダメだ、ダメだ……。
「もうすぐ終わりますからね」
「すみません、ありがとうござ……」
ん?
「玲央さん? どうしたの? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です、ちょっと眩暈が」
と言った直後に、彼の体がユラリと傾いた。
「玲央さん!」
咄嗟に彼の両肩を掴んだのが災いしたらしい。あろうことか彼はバランスを更に崩して、こちらに倒れてきたのだ。そしてあたしが彼を支え切れるわけがなく、結果的に玲央さんに押し倒された形になってしまった!
ぎゃああああああ、どうしよう! 玲央さんが、玲央さんがあたしの上に!
待て。落ち着け、菫。玲央さんはわざとじゃない。「菫さんに性的関心はありません」ってきっぱり言ったんだ、そう、体調悪くて、熱が出て、眩暈がしてるんだ。あたしが助けてあげなきゃ。
彼を起こそうと、その肩に手をかけて思わずひっこめた。
肩が、肩が素肌だ! うわぁ、どこ触っても素肌だ、どうしよう!
落ち着け、菫、冷静に、冷静に。
「あの、玲央さん、大丈夫ですか」
「すみません。今起きますから、すみません、ちょっと待ってください」
「あたしは大丈夫ですよ、ゆっくりでいいですから、無理しないで」
我ながら驚くほど声が落ちついてる。心の中は大パニックなのに!
彼は申し訳なさそうに謝りながら、少しずつ体を起こした。ああ、よかった、って安心した瞬間、玲央さんと目が合った。
心臓が跳ね上がった。こんな至近距離で!
だけど本当のびっくりはその後だった。目が合った瞬間、玲央さんが金縛りに遭ったように固まってしまったのだ。
ちょっと、ここで固まらないでー。いくら薄暗くたって顔見えるんです、こんな至近距離で見つめないでください、心停止します!
え? 何? まだ目が回ってるんですか? どうしたんですか? 聞きたいけど、近すぎて声が出せない。どうしちゃったんですか。
しばらく二人で固まっていたものの、ふと何かを思い出したように「あ、すみません」と彼が体を起こした。あたしは弾かれたように飛び起きて、タオルを掴むとそそくさと立ち上がった。
「あ、あの、あたしタオル洗って来ますから。玲央さん、ちゃんとパジャマ着替えて寝てください」
「はい」
もう! 死ぬかと思った! 息できなかった!
動揺したままタオルを片付けて戻ってみると、彼はもう布団を被って寝ていた。何も無かったかのように。
その晩、あたしは玲央さんの隣で、なかなか寝付くことができなかった。
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