第4話 詐欺じゃないよね?

 いろんな事グルグルグルグル考えて全然眠りにつけなかったのに、知らぬ間に落ちていたらしい。スマホで確認すると午前三時を少し回ったところだった。


 そういえばあの人……ええと、あ、そうだ、手代木さん。手代木玲央さんだっけ。あの人どうしたかな。

 寝る前にソファに毛布一枚置いて来たから、もう寝てるかもしれないし。もしかしたら何か盗んでさっさといなくなっちゃってるかもしれないし。


 ちょっとだけ気になったあたしは、リビングの方に行ってみた。

 あれ? 灯りがついたままだ。まだいるのかな。そのまま寝ちゃったのかな。

 そっとリビングのドアを開けてみると、昨日のままの手代木さんがこちらに背中を向けてテーブルのところに座っている。あーあ、こんなとこで寝ちゃったんだ。

 静かに近づくと、いきなり彼がこっちを向いた。


「ひゃっ」

「どうされました? 眠れませんか?」

「あ、いえ、寝てました。今、目が覚めて。っていうか、手代木さん、ずっとここに居たんですか?」

「は? 菫さんが帰らないでくれとおっしゃったんですよね?」

「あ、はい、そうです。あの、ごめんなさい。寝ちゃってるかと思ってたもんだから、起きててびっくりしちゃって」


 彼はまたテーブルのほうに向き直ると、ずれた眼鏡をクイっと上げた。


「あと二日でやっつけなければならない仕事がたくさんあるので、陽が昇るまでに何とか終わらせておきたいんです」


 あと二日。今月中ってことは、あたしの……。徹夜でやる気だったんだろうか。


「あの、コーヒー淹れます。お砂糖とミルク、入れますか?」

「自分でできますから、菫さんは休んでください」

「あたしにも何かさせてください。お願いします。コーヒー淹れるくらいしかできないから」


 彼の眼鏡の奥に光る目が、「やれやれ」と言ったように見えた。


「では、お願いします。ブラックで」

「はい」


 めんどくさい人だと思われちゃったかな? 声をかけない方がいいんだろうか。

 いろいろ考えつつも、あたしはコーヒーを二つ淹れて、彼の正面に座った。


「あの、眠気飛んじゃったんで、ここに居ていいですか? 邪魔しませんから」

「勿論、あなたの家ですから」


 彼の手元を覗くと、日付とともに箇条書きにされた作業内容がたくさん並んでる。カチッとした四角い印象を与える字だ。上手ではないけど読みやすい。


「ご両親の使っていたクレジットカードと、あと保険証券を見せていただけますか」

「え、あ、ええと、クレジットカードは探せばわかると思うんですけど、保険証はどこかなぁ?」

「保険証ではなくて保険証券です。保険契約を交わしたときの証明となる書類です。どこの保険屋さんと契約していたかわかりますか?」


 言われていることが理解できなくてポカンとしてたら、彼がやれやれと溜息をついた。


「わからないということですね。それでは、そういった重要書類のありそうなところを探してみていただけますか? 朝になったら保険屋さんに連絡しますので」

「はい、わかりました……あの」

「なんですか」

「ほんとにうちの学校の三年生なんですよね?」


 玲央さんが目だけで「は?」と言って首を傾げた。いきなり失礼だったかな。訝し気にあたしを覗き込んだ彼は、カバンに手を伸ばした。


「学生証提示した方がいいですか?」

「あ、そうじゃなくて。高校生とは思えないほど仕事ができるから」


 そしたら彼は一瞬寂しそうな眼をして、すぐにそれを振り払うように顔を上げ、眼鏡を直した。


「僕は自立しないといけないので」


 どういう意味だろう。十分自立してるのに。でもいいや、訊かないでおこう。

 とにかくあたしはクレジットカードと、保険証券を探さないと。


 それにしても、彼は本当に高校生らしくない。あたしは一年生だし、後輩なのに、なんでずっと敬語なんだろう。お仕事してるから自然とそういう言葉遣いが身についちゃったんだろうか。

 それに、あの尋常じゃない事務処理能力。何者なんだろう。


「明日は土曜日なので、市役所への届け出は月曜日以降になります。それまでに引っ越ししなければならないのでちょうど良かったかもしれませんね」


 あ、引っ越し! ってことはそれまでにこの家のもの、どうにかしないといけないんだ!


「どうしよう、引っ越し、そんな短時間でできません」

「大丈夫。絶対に手放したくないものだけを、あなたが今日中に選んでください」


 手元から目を上げずに淡々と話す彼を見ていると、役所の窓口の人と話している気分になって来る。


「それ以外はどうするんですか」

「リユースに回します。捨てたりしませんよ。それを必要としている人に大切に使って貰います。思い出の品やアルバムなど、菫さんにとって大切なものを選別していただければ、あとは僕の方で処理します」

「そうですか、それならお願いします」


 リユースか。お父さんとお母さんの思い出が、これから誰かの思い出になるんだ。それも悪くないか。でも、リユースのあてなんてあるんだろうか。


「役所関連は平日でないとダメですから、土日の間に民間企業関連はやっつけてしまいましょう。僕の方で全部やりますから、菫さんは気にせずに自分の作業をなさってください」

「はい、ありがとうございます」


 朝が来ればわかる。この人が危険な人なのか、信頼してもいい人なのか。

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