第53話 チャイルドシート
ホームセンターへは小林さんの車で連れて行ってもらう事になった。小林さんの車はSUVっていうのかな、なんかアクティヴに動き回る人がよく乗りそうな車だ。
それもそのはず、小林さんの実家は家族全員アウトドアが大好き。小林さんのお父さんはなんでもかんでも自分で作っちゃうらしいし、お母さんは家庭菜園ながらも本格的な野菜作りをしているようだ。小林さんも小さい頃からキャンプやバーベキューに連れ回されて、すっかりアウトドア人間になってしまったそうだ。
そんな小林さんの車の後部座席、あたしのすぐ横に、ちょっと特殊な装備が施してある。チャイルドシートだ。そうだよね、赤ちゃんがいるんだもん、チャイルドシート、つけるよね。
前の方では、運転手の小林さんと助手席の玲央さんが、小林さんの実家のアウトドア魂について盛り上がってるけど、あたしは後ろの席でこのチャイルドシートに興味津々なのだ。
今はまだあたしが高校生だから何もないけど、このまま二年経ってあたしが高校卒業したら、玲央さんは本当にあたしと結婚式を挙げる気なんだろうか?
式挙げちゃったら、後戻りできませんよ? 手代木の長男が離婚とかありえないですよ?
そうなったらあたしは玲央さんの子供を産むんだろうか。そしてこんな可愛らしいチャイルドシートを車に積むんだろうか。
子供にはお父さんお母さんって呼ばせるのかな。パパママかな。お父様お母様かもしれない。父上様母上様だったらどうしよう!
っていうか、子供を産むってことはその前に……ど、どうしよう、そっちの知識が全くありません!
っていうか、あたし、いつの間にその方向で考えてる? まず考え直さないとマズイことになりますよ、玲央さん!
「……さん。菫さん」
「は、はいっ!」
あたし、声に出したりしてなかったですよね?
「大丈夫ですか? 酔われましたか?」
「い、いえっ、全然平気です」
「それならいいんですが、口数が少なかったものですから」
「あ、すいません。チャイルドシートをちゃんと見たことが無かったので、つい見入ってしまってました」
良かった、独り言言ったりしてなかったみたい。
「それ、可愛いでしょう? うちの嫁さんが気に入っちゃって。ボタニカルデザインって言うんですかね、素朴な小さいお花があちこちに刺繍してあるでしょう? 野原の真ん中に座ってるような感じになって、
「日葵さんと仰るんですか、お嬢さん」
「そうそう、手代木さんに言ってなかったか。
「可愛い名前ですね。日葵ちゃんと菫さんがいたらお花畑のようですね」
「お花畑! うちの嫁さん百合っていうんですよ」
「奇遇ですね。僕の祖母は椿です」
冗談みたいなホントの話で笑っているうちにホームセンターに着いた。
慣れた様子で造園資材の方へ向かう小林さんの後について歩いていくと、例のおじさんの姿が見えた。
その時、小林さんが思いがけないことを言ったのだ。
「あ、親父、ちょうどいいところにいた、パーゴラ作りたくない?」
「おお、なんだお前か。あれ? その二人、知りあいなのか?」
「うちのマンションの大家さんだけど。え? もしかして花壇の作り方教えたのって……」
「俺だ」
おじさん、小林さんのお父さんだった。なるほど、このおじさんの息子さんならDIYも得意になるわけだ。おじさん、前にここに来たときには自転車小屋の位置が変わったばかりだったから、息子夫婦の住むマンションだと気づかなかったらしい。
「そうかそうか、あんたたちうちの息子んとこの大家さんか。ってことは嬢ちゃんが孫のベビードレスを縫ってくれたのか?」
「あ、はい、そういう事になりますね」
「そうかそうか。あれは可愛らしかった。ありがとう」
「いえ、こちらこそ……」
なんだか普通に優しいお爺ちゃんの顔になってる。作らせて貰って良かった。
「じゃあ、ちょっと本気出させて貰うかね、パーゴラは得意なんだ。俺に任せときな、スゲエの作ってやるからな」
結局、翌週の週末に小林親子がお休みを合わせてパーゴラを作ってくれることになった。
夢にまで見たパーゴラのあるお庭。あたしにはまた楽しみができてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます