第47話 大丈夫?

「あんなこと言っちゃって大丈夫だったんですか?」

「何がです?」

「タコ……いえ、生活指導の先生です」

「ああ、田子たご先生ですか」

 

 あの先生、田子先生って言うのか。『タコ』もあながち間違いではなかったらしい。玲央さんは相変わらずきちんと正座を崩すことなく、澄ました顔でカボチャを口に運ぶ。彼のお気に入りの煮物の一つだ。


「僕を侮って貰っては困りますので。そこら辺はきちんと詰めさせて貰います」

「でも、婚姻の準備って」

「僕はもうすぐ卒業してしまいますからいいでしょうが、菫さんはこの先あと二年、この学校に在籍することになります。その間やかましいことをグジグジ言われたくはないでしょう。ここはきっぱりと事を進めた方がいいと思います」

「事を進めちゃったら、玲央さんとあたしは結婚することになっちゃいますよ? 偽装結婚でもバツが一つ付いちゃいますよ?」

「離婚しなければバツは付きません」


 この人、事の重大さがわかっているんだろうか? 計算高いけど、本質的なところで何かズレてる気がする。 


「ねえ、玲央さん。株なら失敗してもお金を無駄にするだけだけど、結婚って自分の人生を賭けることなんですよ? しかも玲央さんは大財閥の跡取りじゃないですか。バツイチになるわけにはいかないし、バツをつける気がないのならちゃんとしたところのお嬢さんを探さないといけないでしょう? 手代木の家は玲央さんにかかってるんですよ?」

「わかってますよ」


 いや、わかってないですよ。


「だからこそ、菫さんを選んでいるんじゃないですか。お金で苦労をしたことの無いようなお嬢様なんかこちらから願い下げです。苦労して、周りの人たちから協力を貰う事のありがたさを知っている人としか、僕は一緒になれません」

「でもそんなこと言ったら、絶対に玲央さんの結婚相手はいいところのお嬢様じゃないってことになるじゃないですか。お坊ちゃまと貧乏人じゃ価値観が合わないでしょう?」

「逆ですね。僕の価値観が苦労人と同じなんです。お嬢様では合わないんですよ」

「でもそれじゃ家柄の合う人と結婚できないってことになりませんか?」

「そうですね。僕にとって家柄という要素はどうでもいいものです。僕にとって大切なのは、他人様のありがたみを知っている人かどうかという事なんです。だから菫さんでないとダメだと言ってるんです」

「確かにあたし借金もあるけど、そんな根っからの貧乏人じゃなくて、まだ貧乏人です」

「僕が求めているのは貧乏人ではなくて苦労人です」

「何が違うの?」

「わからないんですか」


 いきなり玲央さんが強い口調で箸を置いた。怒ってるの?


「僕は貧乏人と結婚したいわけじゃないんですよ」


 えええ? 今、お金持ちのお嬢様と結婚なんかできないって言いましたよね。


「そんなに僕の奥さんになるの、嫌ですか?」

「嫌なわけないじゃないですか。そうじゃなくて、あたしは手代木の家の心配をしてるんです。手代木の家には手代木に相応しいお嬢さんを探さないといけませんって言ってるんです。あたしのこれからの学校生活の心配をしてくれているのはありがたいと思ってます。だけど、あたしの為に玲央さんと手代木家の将来に傷をつけるなんてことは望んでません」

「後半は僕にとってどうでもいいことですね。もう一度確認しますが、僕の奥さんになるのは嫌ですか?」


 なんなの、もう! 人の話全然聞いてない。


「嫌じゃないです。ただあたしは――」

「言質を取りました。今からすぐにでも結婚に向けて準備を始めます。ごちそうさまでした。カボチャ、美味しかったです」


 ぐはぁ……また聞いてない。もう知らないから。

 いや待て、知らないからってわけにはいかない。どうにかしないとこのままじゃあたしは手代木の嫁になってしまう。とんでもない。

 どうしたらいいんだ。誰かに相談しなきゃ。かと言って明日香や葵にそんなこと言えるわけがないし、凛々子じゃ話が大きくなる。

 ここはやっぱり、餅は餅屋、桜子さんに相談に乗って貰うしかない。

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