第22話 吉本君、それは……
昼休み、何人かの女子に裁断を手伝って貰っていると、吉本君がミシンを持って現れた。どうやら演劇部から借りられたようだ。一緒に取りに行ったのか、彼の後ろから明日香が大きな衣装ケースを抱えてついて来た。
「この中、全部演劇部から借りた小道具ね。姫ティアラとか魔法使いの杖とかフェイクの水晶玉とか。貸出一覧と中身の照合しとくねー」
「ありがと」
明日香が早速衣装ケースの中身と一覧表の品目をチェックし始めると、「読み上げやるでー」って葵が参加してくる。
「誰かミシンかけてくれる人いませんかー?」
「私がやるー」
「じゃあよろしく。この辺しつけ終わってるから、手の空いてる時にテキトーにやって貰えればいいから」
「ラジャ」
畳の上で型通りに布を裁断したりしつけをかけたりしている女子の面々を見て、吉本君が「すげえな」とため息を漏らす。
「なんか本格的だなぁ。女子の底力を見せつけられた感満載。他に手伝う事無い?」
「あ、アイロン借りて来なきゃ」
「生徒会倉庫だっけ? 俺取って来るよ」
「吉本君じゃ見てもわかんないでしょ。あ、でもアイロン台も要るな」
「じゃ、一緒に行こう」
倉庫に来るのは初めてだ。普通の教室ほどの大きさの部屋に図書室の如く棚がたくさん並んでいて、そこに種類別にきちんと保管されている。
「どこにあるんだろうね」
「さぁ、俺も知らねー。初めて来るし」
「こっちかなぁ」
「柚木さんさ」
「ん、なあに」
振り返ったらすぐ目の前に吉本君がいた。
「あのさ、俺」
「ん?」
「あーいや、その、柚木さんの事」
「……え?」
「んーと、つまり好きってゆーか、なんてゆーか」
はい? え?
「あ、今、大変な時期なのは分かってるから、付き合ってくれとかそういうアレじゃないんだけど、その、俺はずっと柚木さんのそばにいるし、なんでも力になりたいから……頼ってくれると嬉しいかな」
「え、あ、ええと」
ちょっと待った。これってまさか告白されてる状態じゃないですよね。
どどどどどどうしよう。人生初です、しかも相手は吉本君です、いきなりのハイスペックです。
「あの、えーと、その」
「あ、ごめん、言っておきたかっただけなんだ。ごめん、気にしないで。ただ、俺には何でも相談して」
「う、うん、ありがとう」
「やべ、仕事しなきゃだよな」
と言った時だった。目の前の床に大きな影が落ちたのだ。
あたしと吉本君がハッと顔を上げると、そこには窓からの逆光でさえもすぐにわかるスマートなシルエットが浮かんでいた。
「手代木先輩!」
「吉本君、何をお探しですか?」
玲央さん! 嘘でしょ、今の、玲央さんに聞かれちゃった?
「あっ、アイロンを」
「アイロンならこっちですよ」
玲央さんは知らん顔でアイロンのところに案内してくれるけど、あたしはそれどころじゃない。聞かれてたらどうしよう。
あれ? だけど、聞かれてもあたしは困ることは何も無いよね? でもなんだか嫌だ、聞かれたくなかった。
「これでいいですか?」
「俺ちょっとわかんなくて。柚木さん、これでいい?」
「あ、うん、はい。オッケーです。すいません、ありがとうございます」
「あー先輩、うちのクラスの柚木さんです」
玲央さんどうするんだろう。あたしは玲央さんに合わせよう。
「存じ上げてますよ。僕は柚木さんのご両親のお葬式に伺いましたので」
「なんだ、そうだったんですか。うちのクラス、コスプレ写真館やるんです。柚木さんが衣装を縫ってるんですよ。先輩も良かったら来てください」
「それは楽しみです。ぜひ伺います。では失礼」
玲央さんは家からは想像できないような学校用の顔で挨拶すると、さっさと倉庫を出て行ってしまった。残されたあたしたちは、微妙な空気のまま変な汗をかきつつ教室に戻った。
***
家に帰ると、いつものように玲央さんの幸せ過ぎる「おかえりなさい」に迎えられた。これがずっと続くのかと思うと、何年でも居座りたくなってしまう。
あ、でも成人したら出て行かなきゃならないだろうし、それまでに借金も返さなきゃ……って、全然返せる気がしません!
それどころじゃない、玲央さんが結婚する前に出て行かなきゃならないんじゃないですか? いや、それ以前に、婚約者がいるのにあたしなんかいつまでも居候してたらさすがにまずいですよね?
「さっき小嶋さんに連絡してアイロン持って来て貰いました」
あたしがしょーもないことを考えていることなど知る由もない玲央さんが、唐突に想定外の話を振ってきた。
「え?」
「アイロン、使うんじゃないですか? どうせギリギリになれば家で仕上げをする事になるでしょうし、いずれにしろアイロンは使いますからね。アイロン台と一緒に持って来てくれましたよ」
あ、昼間の倉庫のこと覚えてたんだ。まさか、吉本君とのことも。
「連絡してくれたんですか?」
「ええ、まあ。倉庫で見かけてからすぐに。それと、小嶋さんが
玲央さんが部屋の隅を視線で指した。そこにはいつも使ってたアイロンとアイロン台、それにあたしの懐かしい数寄屋袋が置いてあった。
「菫さん、お茶、なさってたんですか?」
「中学の時、茶道部だったんです。お茶を点てるのはイマイチ上手じゃないんですけど」
「そうでしたか、お茶を……さすが小嶋さん、目のつけどころが違う。菫さんがお茶を嗜んでいらしたのであれば話は早い」
「はい?」
「いえ、なんでもありません。それより」
そこまで言った玲央さんは、ちょっと視線を外した。なんだろ、言いにくいことかな?
「すみません、お昼休み、倉庫で吉本君との会話が聞こえてしまいました。彼もまさか僕が居るとは思わなかったんでしょうけど」
うわー、穴があったら入りたい。死ぬほど恥ずかしい。もう顔があげられない。
と思った次の瞬間、玲央さんの一言であたしは思いっきり彼の顔をマジマジと見てしまう事になったのだ。
「もしも吉本君とお付き合いするんでしたら、そうおっしゃってください。時間的な制約について融通しないといけないので。今のままでは彼とデートもなかなかできないでしょうから」
えええっ? なんでそうなっちゃうんですか!
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