第18話 生徒会執行部
あっという間に金曜日が来た。今週は時間が過ぎるのが早くて、とにかく目が回るほど忙しかった。
玲央さんはあたしが遅くなっても何も責めなかったし、毎日「おかえりなさい」って言ってくれた。
お風呂も朝のうちに洗ってから出かけてるから、先に帰った玲央さんが、勝手にお風呂にお湯を張って先に入ってくれていて助かった。
なんだか、こんな調子でお給料もらうのが申し訳なくなってくる。文化祭が終わったら、もうちょっと家事も頑張らなきゃ。
玲央さんが学校に到着するであろう時刻にやっと家を出て、ギリギリセーフな時間帯に学校に飛び込むと、廊下を歩く玲央さんが見えた。
学校で玲央さんを見かけたのは、正直言ってこの時が初めてだった……というか、それまでも会っていたんだろうけど、多分認識してなかったに違いない。学校で見る玲央さんはお葬式の日に見たのと同じ、きりっと口元を一文字に結び、眼鏡の奥の瞳は冷たく光り、近寄り難いオーラをビシバシと放っていた。
家での玲央さんがとても優しく感じる分、学校の玲央さんがとても怖そうに見えた。
そして、更に玲央さんの隣にいた女子が、彼に負けず劣らず近寄り難い雰囲気を漂わせていた。
控えめに言っても、驚くほどの美男美女コンビだったのだ。
玲央さんをイケメンだと思ったことは、正直そんなにない。いや、確かに笑顔の玲央さんはプリンススマイルだった。だけどそんなに余程カッコいいとは思わなかった。
だけどなんだろう、今の玲央さんは、っていうかこの二人は……本当に王子様とお姫様みたいだ。
隣にいる女子は同じクラスなんだろうか、深窓のご令嬢って感じの上品な雰囲気の女の子。長い黒髪をピンで留め、背筋をすっと伸ばして涼やかな目を玲央さんに向けて微笑んでる。
玲央さんは全然身長なんか高くなくて、173くらいしかなさそうだけど、彼女が華奢なもんだから、バランスが完璧すぎてなんというかおとぎ話の世界を見ているようだ。
あたしは余程バカっぽい顔をして見ていたんだろう、玲央さんがあたしに気づいて軽く会釈をしたのだ。それに気づいた隣の彼女まであたしの方に笑顔を向けて軽く会釈して来たもんだから、あたしはどうしたらいいか分からなくなってしまって、思いっきり頭を下げた。ああ、なんだかバカ丸出しだ。何やってんだろ、あたし。
二人が通り過ぎると、後ろから背中をバシッと叩かれた。振り返ると明日香が立っていた。
「ちょっと! なんでスミレがあのお二人に挨拶されてんのよ!」
「え? あのお二人?」
「生徒会執行部のお二人に決まってんじゃない」
「は? 生徒会執行部?」
「生徒会長と副会長じゃん今の……え、まさかスミレ、知らなかったの、生徒会長の手代木先輩と副会長の伊集院先輩」
***
「つーわけで、スミレ、今日まで生徒会長知らなかったんだって」
「ありえへん。疎いにもほどがあるわ。あんた一学期何見て生活しとったん?」
「あたしもわかんない」
お弁当をつつきながら、あたしは葵と明日香に散々バカにされていた。
「こないだ言ってた『生徒会執行部の麗しきお二人』が今朝の二人なんだよ、めちゃめちゃ雰囲気いいでしょ? ああいうのがいいのよね。うちの演劇部でも宝塚っぽいのやったらいいんだよ、女子が男装してさ。手代木先輩みたいに……うあ~萌えるわ、朝からいいもん見たわ~。目に焼き付いて離れない。今日はいい日だ」
明日香は相当あの二人を気に入っているのだろう、そこに自分が割り込むという発想は無いらしく、美しいものは眺めている方がいいと力説するのだ。
それに引き換え葵の方は割とシビアだったりする。
「手代木先輩、確かにイケメンやけど、ちょい貧弱そうなんがアレやね。胸板薄いし、ほっそいし、身長も標準やしなぁ。やっぱ私は男子は180欲しいわぁ」
「そりゃ葵がデカいからでしょ」
「168しかないで?」
「デカいよ!」
何やってんだろう、この二人。
「でもさー、手代木先輩って体格はやや貧相だけど、ほら、やっぱ勉強できるのはポイント高いって。それでさ、あの何を考えてるのかわからない鋭い視線。クールでちょっと怖い感じがまたいいじゃん?」
確かにそう見える。黙ってたらそう見える。あたしも暫くそう思ってた。でも違うのよ、ずっと一緒にいると結構優しいとこもあるんだよ。って言いたい、言いたいよー!
「たまに見せる寂し気な表情もね、何て言うの? 陰のある男? 悲しい過去があんのよ、手代木先輩にはきっと。そこに黙って寄り添う温かい眼差し、それが伊集院先輩、完璧すぎない? ああもうこれはお母さん世代の少女漫画の王道展開よ」
明日香の暴走はこうなると誰にも止められないので……誰も止めない。あたしも葵も黙ってご飯を口に突っ込む。この子、あと30年早く生まれたら良かったのに。
「ねえ、その伊集院先輩っていうのは手代木先輩と一緒のクラスなの?」
「まさか! 生徒会執行部は各クラスから一人ずつなんだから一緒なわけないじゃん。伊集院先輩は3組。文系の特進クラスナンバーワンだよ」
だよね……。そんな気はしたんだけどね。王道展開だしね。
「ああ、勉強もあんなにできて、リーダーシップもあって、それでいて美男美女、そんな世界がこうして現実にあるなんて、事実は小説より奇なりだわ! おお、葵、葵、あなたはどうして葵なの!」
「何訳のわからんこと言うてんねんな、ミートボール貰うで」
「いいよ、興奮してお腹いっぱいになってきた。スミレにもやるわ」
「ありがと」
葵と二人で明日香のミートボールをつついていたら、明日香が思い出したように箸でつかんだプチトマトをこっちに向けてきた。
「だからー、なんであのお二人があんたに挨拶してんのよ、それ聞いてんじゃない」
「あー……ええと」
面倒だな、やっぱ同居は言えないからなぁ。
「うちのお母さんが手代木先輩のお婆ちゃんの担当だったの。それで手代木先輩、お葬式に来てくれたから」
「あースミレのお母さん、そういえば病院併設のグループホームにお勤めしてたもんね」
「それまで手代木先輩って存在知らなかったから。今朝まであの人が生徒会長だって知らなかったし。なにしろ、一緒のクラスの男子もろくに知らなかったんだもん」
と言ってたら、当の『一緒のクラスの男子』吉本君が上から顔を出してきた。
「柚木さん、明日大丈夫?」
「へ? 明日?」
「買い出し」
あ、そうだった! 忘れてた!
返事をする間もなく、葵が割り込んでくる。
「吉本君、明日スミレとデート?」
「そうそう。デート」
「ええっ? なっ……何っ」
あたしが慌てふためいていたら、葵が箸に刺したりんごを吉本君の前に突き出した。
「すまんな、この子『彼氏いない歴イコール年齢』やし、そういう免疫全然あれへんよって冗談通じひんねん。ほい、りんご食べよし。あーんしなはれ」
「あ、貰う。あーん!」
っておい! 吉本君、横から顔出してりんご食べてるし!
「あっ明日っ、大丈夫だから」
「じゃあ、柚木さんとこの駅の改札に十時でいい?」
「うんっ」
「じゃ、それでよろしく。りんごゴチでーす」
吉本君の後ろ姿を見送りながら、地底の底から湧き上がるかのような明日香の声を背後に聞いた。
「吉本君とデート……明日十時、スミレんちの最寄り駅改札……って一体どこよ! なんで吉本君がスミレんち知ってんのよ、あたしも知らないのに!」
「家を知ってるわけじゃないって。駅が吉本君と隣だったんだってば、偶然だよ偶然! 葵のりんごにはツッコまないわけ?」
「デートの方が大イベントでしょ! 絶対に月曜日、報告しなさいよー!」
あーあ、いろいろ面倒だ。
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