第34話 お花を植えよう
十一月も終わろうかという日に小林さんの赤ちゃんのドレスは縫い上がった。初めてにしては我ながら上出来だ。
さっそく小林さんに試着をお願いしたら、少し大きめではあったけど、その分何度も着れるからって却って喜んでくれた。
材料費だけ請求しても布地やリボンの残りが全部あたしのものになるから結果的に得するんだけど、小林さんは材料費とは別に製作費を包んでくれた。
「素人の作ったものだから」ってあたしは遠慮したけど、「世界に一つだけのこの子のための服だから」と言ってくれて、玲央さんにも受け取るように言われたので、ありがたく頂戴した。
十二月に入ってすぐ、玲央さんと一緒にホームセンターへ花の苗を買いに行った。花壇の土がいい感じに落ち着いて来たので、冬に咲く花を植えようという事になったんだ。
ホームセンターに行くと、あのおじさんがあたしたちを覚えていて、声をかけてくれた。
「いらっしゃい。花壇はできたかい?」
「はい、DIYを趣味にしている方がご近所さんにいらっしゃったので、助けていただきました」
「DIYを趣味に? そいつは良かった。で、今日はどうした? 花の苗かい?」
おじさん、ホームセンターのロゴ入りジャンパーに首からタオルを下げているその姿が、凄くサマになっててカッコいい。職人って感じ。
「話が早くて助かります。さすがプロですね」
「あの、なるべく少ない予算でできるだけ華やかにしたいんですけど、そんなことできますか?」
あたしのダメ元な質問に、彼はニヤリと笑うとサムズアップして見せた。
「そのために俺がいる」
か、か、か、か、カッコいい~~~! おじさん素敵!
彼に案内されて苗売り場へ行くと、葉っぱが五枚くらい出たいろんな苗がところ狭しと並んでいた。
「安くて手のかからないのはこの辺。一株の値段も安い六連結ポットなら、今はまだ小さいが一週間もすりゃあ花が咲く。特に華やかなのはストックだな。ストックてのは『茎』って意味だ。茎がしっかりして太いだろ」
しかも凄い知識量。意味なんか知らなくても仕事できるだろうに。
「色は赤、ピンク、白、クリーム色なんてのもある。花姿も八重咲と一重咲きが出る。丈は五十センチくらいになるから、こいつを花壇の奥の方に植えて、手前に背の低いパンジーやビオラを植えれば千円以内で上がる計算だな」
「ほんとですか!」
おじさん、得意げにフンと笑うと更にいいことを教えてくれた。
「春先に種を取っておいて秋に蒔けば、来年からは苗を買わなくてもいい。一番安上がりだ。店は商売上がったりだが、俺の知ったこっちゃねえ」
お客さんにそんなことバラしちゃっていいんですかー?
「ストックは一重咲きなら儚げで可憐な感じ、八重咲ならゴージャスで華やかだ。俺なら双葉見れば一発で見分けがつく。ところで、兄ちゃん」
急におじさんが玲央さんとの距離を詰めた。
「はい」
「花の扱い方を知ってるか?」
「は?」
「花は水をやるだけじゃ育たねえ、偶に肥料が必要だ。だがやりすぎてもダメだ。よく観察して、タイミングを見計らって、ここぞという時に肥料をやる。わかるな?」
そう言って、何故かおじさんはあたしをチラッと見た。玲央さんもあたしの方に目線を寄越して、すぐにおじさんに視線を戻して「わかりました」って笑った。
「嬢ちゃん」
え? あたし?
「パンジーって名前は『物思い』を表すフランス語の『パンセ』から来てる。花姿がうつむき加減で物思いに耽っているみたいだろ? 大切な人が悩んでいる時、一番近くにいる人にしかそばには寄り添えないもんだ」
「はぁ……」
なんだか思いがけないこと知ってるな、このおじさん。
「ダメだこりゃ。兄ちゃんも苦労するね」
えー、何? なんで二人でクスクス笑ってるの? 玲央さん、意味通じたの? あたしだけわからないんですけど!
結局その意味を教えて貰えずにお花の苗を買ってお家に帰り、早速二人で植え付けを始めた。寒い時期だからこそ暖かい色にしようって、赤やピンクのストックと黄色系のビオラを選んだんだ。学校や仕事から帰ってきた人が、この花壇を見て暖かい気持ちになれるように。早く帰って来たいお家になるように。
お花の植え付けをしていたら、二階の前川さんがちょうど子供たちと一緒に帰って来た。
「ユウもやる!」
「シュンも!」
「だから、あんたたちは毎回毎回お姉ちゃんたちの邪魔しないのっ!」
いつものルーティンだ。これを聞くとホッとする。
「菫ちゃん、小林さんの赤ちゃんのドレス見せて貰ったわよ。凄い上手なのね。もうびっくりしちゃった。もう少し早く来てくれてたら、うちのユウとシュンの絵本バッグとかお弁当袋も作って貰ったのに」
「お弁当袋なんてメチャクチャ簡単ですよ。もうほんと瞬殺」
「え? 本当に? シュンのクラスのお友達の下の子が来年入って来るんだけどね、お母さんお裁縫が大の苦手なんだって。上の子と下の子が性別が違うから、お下がりってわけにもいかないらしいのよ。菫ちゃん、バイトする気ない?」
なんですと! ここにもあたしの仕事を取って来てくれる人がいた!
「やります! やらせてください!」
「じゃあ、材料費は向こう持ちか、もしくは材料持参して貰って、絵本バッグと靴袋とお弁当袋の三点セットで手間賃三千円でどう?」
さ、三千円! 買った方が安いじゃん!
「それは高すぎますよ、千円くらいで」
「それじゃ仕事になんないわ。じゃ、こうしましょ。千円を最低ラインにして、なるべく釣り上げて注文受けてくるってのでどうかしら? 手作りでっていう方針なのよ、うちの幼稚園。でもお裁縫苦手なお母さんが圧倒的に多くてね、買ったものはバレるし、背に腹は代えられない筈だからきっと五千円でも食い付いて来るわよ。私でもお願いしちゃうもん」
「菫さん、お受けしましょう。あなたは仕事をしなくてはならない」
確かにその通りだ。あたしには膨大な借金が。
「ありがとうございます。金額設定は全て前川さんにお任せします。よろしくお願いします」
こうしてあたしの仕事は地味に増えて行くのであった。頑張るぞ!
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