第37話 クリスマス
冬休みに入った。
世間ではジングルベルの鳴り響く本日12月24日も我が家はそんなことお構いなし。あたしはミシンを踏み続け、玲央さんはパソコンに向かっている。同じ部屋にいるのに、それぞれに自分の仕事に没頭するという不思議な光景。
勿論今日はクリスマスイブだから、それなりに考えてはいるんだよ。いつものように和食じゃ雰囲気出ないから、ちょっとクリスマスっぽいメニューにしようかな~とかさ。
何がいいかな。玲央さん、お魚が好きだからなぁ。でもやっぱりクリスマスはチキンかなぁ。ラザニアにしようかな。揚げ物もちょっと作ろうかな。パーティーっぽいもんね。お昼はパスタにしたから、やっぱり夕飯はパエリアにしよう。
なんて考えていたら、玲央さんがふっと立ち上がった。
「ちょっと出かけてきます」
「えっ? 夕ご飯は?」
「三十分で戻りますから」
それだけ言うと、さっさと上着を着込んで出て行ってしまった。
彼の仕事の関係はよくわからないから口出しできないけど、ほんと思い立ったかのようにフラッと行動することが多いんだよなぁ。
まあいいや。三十分で帰って来るって言ってるんだから、夕ご飯作っておこう。
なんて思っていたら、今度は前川さんがやって来た。ローストビーフを持って来てくれたのだ。「ちょっと作りすぎちゃったから」とか言ってるけど、絶対最初からうちの分も計算に入れて作ってくれてると思う。ほんといい人に恵まれた。
前川さんのおかげで、ディナーっぽくなった。パエリアと、スモークサーモンのマリネと、唐揚げとフライドポテト。そこにローストビーフ! クリスマスっぽい!
そういえば、去年のクリスマス、久しぶりにみんなで食卓を囲んだんだ。その日はお父さんが仕事を入れないで。お母さんは仕事だったけど、担当してた人がお母さんを追い返したんだ。
「子供さんいるんでしょ、まだ中学生? お母さんがいなくちゃ寂しいでしょ。ちゃんと帰って一緒にお祝いしなさい!」って叱られたって。それが玲央さんのお婆ちゃんだったんだな。
それでお母さんが帰りにケーキを買ってきて、お父さんが買ったケーキと全く同じの被っちゃって大笑いしたんだ。「誰がこんなに食べるんだ?」ってお父さんが言って「あたし!」って。
そうだ、あたし一人で1ホール食べたんだ。受験勉強で頭が疲れると、ケーキを食べに来て。結局翌日までに全部食べちゃったんだ。
もうお父さんとお母さんと一緒にケーキを食べることはない。だけど、今は玲央さんがいる。
あ!
あああああああ! ケーキがない! 何やってんの、あたしのバカ! すぐに買いに行かなきゃ!
急いでコートを着込んで靴を履いていると、ちょうど玲央さんが白い息を吐きながら帰って来た。
「玲央さんお帰りなさい」
「菫さん、お出かけですか?」
「ごめんなさい、せっかくのクリスマスなのに、ケーキを買うのを忘れてたんです」
あたしが慌てていると、玲央さんが小さな箱をあたしの前に突き出した。
「今ケーキを取りに行ってたんですよ。ここにありますから大丈夫です。それより、今日は少々頑張りすぎたのでお腹が減りました。夕食にしましょう」
部屋に入って曇った眼鏡を拭きながら、彼は顔をほころばせた。
「今日はなんだか御馳走ですね」
「クリスマスですから気分だけでも。それにね、前川さんがローストビーフ持って来てくれたんですよ。これはあたし作れない!」
「では、パーティですね」
あたしたちはお酒で乾杯ってわけにはいかないから、ジンジャーエールで乾杯した。お酒じゃないけど、なんとなく雰囲気は出る。
玲央さんは大好物のスモークサーモンを堪能しながら、ふと思い出したように話し始めた。
「二年もブランクがありました。中三の時はこうしてクリスマスを両親と祝ったものですが。一人でいると、正月もクリスマスも誕生日も、ありとあらゆる行事がどうでもよくなってしまいますね」
「一人でケーキ食べなかったんですか?」
「食事というものは、誰かと一緒にするから楽しいんですよ。一人でケーキなんか食べても美味しく感じない。でも、今年は菫さんがいるので、僕の一番好きなケーキを注文しておいたんですよ。小さいですけど」
なんかそれって凄く嬉しい。あたしと一緒にケーキを食べるのを楽しみにしてくれてたのかな。なんかいろいろ勘違いしちゃいそう。
「このケーキ、見た事無いです。なんて言うんですか?」
「サバランと言います。ここのお店のサバランはスポンジにラム酒をひたひたにしみ込ませて、マスカルポーネのクリームを絞ってます。このラム酒とマスカルポーネの組み合わせが最高で、上に乗ったフルーツの食感が堪らないんですよ。これはコーヒーよりも紅茶の方が絶対合います。こっちはコアントローのショコラムース。香りがいいんですよ」
ふふふ、ケーキについて力説する玲央さん、なんだか可愛い。
「じゃあ、紅茶淹れなきゃ」
「これはダージリンが合いますよ」
「了解しました!」
あたしは喜び勇んで紅茶を淹れに行った。
この後サプライズがあるとも知らずに。
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