第36話 言質を取りました
「あんなこと言っちゃって大丈夫だったんですか?」
勿論さっきの学校での玲央さんの発言のことだ。だけど玲央さんは特に問題視するでもないように、ふうふう言いながら味噌汁を啜っている。
「あの場はああ言うしかありませんでしたので。放っておいたら菫さんは吉本君に持って行かれてしまいます」
実際あの後大変だったのだ。玲央さんは「そういう事なので吉本君、諦めてください」とか言ってさっさと居なくなっちゃうし、二人には「どういう事?」って質問攻めに遭うし。
唯一の救いは玲央さんが「手代木家の使用人」と言ってくれたことだ。お陰で凛々子は玲央さんのお爺ちゃんの家の使用人だと勝手に勘違いしてくれて、その凛々子の話を聞いていた吉本君もそのまんま勘違いしてくれた。あたしが玲央さんと二人で生活してるとは思わなかったようだ。
それより、一体何なんだろう、正月二日の会合って。あたしは玲央さんの家政婦として参加しなきゃいけないって事かな?
「大切な会合なんですか、正月の集まりって」
「そうでもありません」
は?
「え、だって、手代木と伊集院と二階堂が集まるからって」
「そうですよ。僕と桜子と二階堂君が手代木の屋敷に集まりますので。まあ、大切な会合と言えば大切な会合ではありますが、どうしてもその日でなければならないと言う訳でもありませんね」
涼しい顔でかぼちゃの煮物を口に運ぶ玲央さんを見て、あたしは開いた口が塞がらない。
だって! だってさ! わざわざ話に割り込んでまで止めたんだよ? あたしが手代木家の家政婦をしてるってバラしてまで中止させるほどのことですか?
「集まって何するんですか?」
「新年の顔合わせです」
「それだけ?」
「それだけですよ」
あたしが納得できないって顔してたんだろう、玲央さんは言葉を継いだ。
「厳密には桜子と二階堂君をもう一度会わせるためですよ。文化祭で一度会ったきりです。他の大人がいるところでは砕けた話もできない。ですから新年の顔合わせとして手代木家に招待するんです。そこでゆっくり話をすれば、あとはもう僕の出番はありません。三人ですと二階堂君が気を使いますし、菫さんでしたら手代木の使用人という位置づけでもあるので、僕が手伝いに呼び出すこともできます」
「それって、伊集院先輩と二階堂君をくっつけるためなんですか?」
「手っ取り早く言えばそうです。お互いが気に入らなければ、もうどうしようもありませんが、チャンスが無ければそもそも始まりませんから」
まさか玲央さんがそんなことに手を出すとは思いもよらなかった。自分の恋愛には興味ない癖に、他人のキューピッドは買って出るのか。
「でもそれなら二日にする必要なかったんですよね? いつだって良かったんですよね?」
あたしの台詞に、玲央さんは思いがけない反応を見せた。なんとも形容しがたい、強いて言うなら哀し気な目をして箸を置いたのだ。
「菫さんは、吉本君と初詣に行きたかったんですか?」
「別に、そういうわけじゃないですけど」
「では何故そんな事を聞くんですか?」
「だってその日でなくても良かったのに、あたしと玲央さんが同居してることがバレるようなリスクの高いことを言ってまで中止させたから……どうしてかなって」
そしたら玲央さん、大きな溜息をついた。溜息つきたいのはこっちです。
「わかりませんか?」
「はい」
お金の心配? 着て行く服が無いから? あ、そっか、もしかして帰りにみんながカラオケ行こうとか言い出して、あたしだけ帰らなきゃならないのを不憫に思ってくれたとか?
「クリスマスはどなたかとお出かけなさるんですか?」
「はい?」
いや、今その話じゃないですよね? 正月どうなったんですか?
「クリスマスです。どなたかとお出かけなさいますか?」
「いえ、出かけません」
「そうですか。では家で過ごされるわけですね」
「今のあたしには盆も正月もありません。絵本バッグ作らないと」
「殊勝な心がけですね。実はですね、来年あたりを目途に起業しようと思っているんですよ」
は? いや、ちょっと、それって唐突過ぎませんか?
話の流れ、おかしいですよね? 正月の話からクリスマスの話になっただけでも訳が分からないのに、いきなり来年の話ですか?
「その企画書がなかなかまとまらなくて。学校に行っているので仕方ないんですが、冬休みは心行くまで起業の準備ができます。それはもう朝から晩までみっちり」
はぁ……随分と嬉しそうですね。あたしだったら絶対に逃げ出したくなりますけど、玲央さんは筋金入りなんですね……。
「それでですね、菫さんがいないと寝食忘れて没頭してしまうと思うんですよ。菫さんが食事を作ってくれることによって、食事の存在を思い出すというか、人間らしい生活を維持できるというか」
それって、ほっといたらミイラになるまで仕事するって事ですか! 本当にやりそうで怖いですから!
「大丈夫です、どこにも行きません。玲央さんに即身仏になられちゃ困ります。あたしの高校生活かかってますから、ちゃんと三食作ってお風呂も沸かします。ですから人間らしく生きてください、お願いします!」
って言ったら、玲央さんホッとしたように再びカボチャを口に運んだ。好きなんですね、カボチャ。
「助かります。僕一人だと本当にダメな生活をしてしまうので」
「ずっと玲央さんのそばにいますから。だから安心してお仕事してください」
「はい。ずっとずっと僕のそばにいてください」
え、ちょっとそれ、なんか凄く照れるんですけど。っていうか、ずっとずっとって二回も言わなくてもいいんですけど。玲央さん、照れたりしないんですか、しませんよね、そうですね。
「はい。ずっと……そばに……います」
うわぁ、尻すぼみすぎて恥ずかしい! 照れる照れる照れるー!
なのに! 玲央さんはにっこり笑ってこう言ったのだ。
「言質を取りました」
なんですかそれー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます