第43話 ターゲットは

 つまり、桜子さんの方が玲央さんより一枚上手って事?


「わかっているのにどうして教えてあげないんですか?」


 桜子さんはフフッと笑うとカップを口元に運んだ。


「教えることなんていつだってできるじゃないの。それより自分で気づいて貰わないと。自分の気持ちなんだから」

「自分の気持ち? だってお爺様は玲央さんと桜子さんのことを諦めたんですよね? 玲央さんの思い通りになってるじゃないですか」


 そしたら「おやまぁ」って笑う志乃さんに、桜子さんが救いを求めるような眼をしてこう言ったのだ。


「どうしましょう。菫さんと玲央、ほんとにいい勝負だわ」

「ある意味お似合いでございますねぇ」

「え? え? え? 違うんですか?」


 この二人は何を知っているんだろう? あたしだけがわかっていない感じだ。


「ねえ、菫さん。玲央と一緒に住んでいて、何も問題ないの?」

「え、特に何も……えっ? 今、なんて」


 なんで知ってるの? 極秘情報なのに!


「大丈夫でございますよ、菫さんが坊ちゃまの家政婦として住み込みで働いていることを、桜子お嬢様はご存知でらっしゃいますから」

「そ、そうなんですか。今のところ困ることは一つもありませんし、よくしていただいてます。学校の勉強も教えていただくことがありますし、あといろいろ面倒なお役所の手続きなんかも全部やってくださるので、凄く助かってます」

「それだけ?」

「え? はい、他に何か?」


 桜子さんはティーカップをテーブルに戻すと、やや呆れたように肩をすくめた。


「菫さん、全く気付いてらっしゃらないのね。お爺様と食事をした席で、菫さんが大のお花好きでお庭のある家に憧れていたっていうお話をなさったんですってね。その後すぐに自転車小屋の工事が始まって、元の場所を更地にすると言っていたのに、何故か菫さんと一緒に花壇を手作りしたってお爺様から聞きましたわ」


 そういえば、確かに手代木家にお呼ばれした直後だった。確かに最初は更地にするって言ってた。


「そうですね。更地にするのは勿体ないから花壇にしようって玲央さんが」


 更に桜子さんは畳みかけるように話を継いだ。


「文化祭の日、生徒会執行部のブースに吉本君だったかしら、彼と一緒にいらしたでしょ? あの時、玲央ったら彼を挑発するような事を言って。全然玲央らしくないんですもの。しかも吉本君がお茶の方へ参加しようとしたとき、玲央がすかさず将棋の対局を申し出たでしょう? 玲央が単純で可愛くて、笑いをこらえるのが大変だったのよ」


 桜子さんが、思い出しただけで笑いが止まらないとばかりに肩を震わせてる。そんなおかしい事したっけ?


「だからお家でも何かなかったかしらって思って。玲央らしくないこと」


 らしくない事……。らしくない……。


「あ、カレーを作ってくれたことがあります」

「玲央が?」「坊ちゃまがでございますか?」


 何も二人でそんなに驚かなくても。


「文化祭の買い出しで吉本君と出かけた日、帰って来たら作ってくれてたんです。皮むきとか超下手で、切り方もメチャクチャで、ジャガイモがガリっていって、溶け残りのルウとかあって、お気に入りのお鍋も焦がしちゃって、台所も悲惨だったんですけど、あたし感動して泣いちゃいました。今思い出しても目頭熱いです」


 桜子さんが志乃さんに何か救援要請を出してる。だけど、その志乃さんも桜子さん相手にオタオタと落ち着かない。


「桜子お嬢様、坊ちゃまは本気でございますわね」

「そうね! こんな玲央、見たことないわ。菫さん、覚悟なさった方がよろしくてよ」


 えっ? ちょっと待ってください、なんの覚悟をしたらいいんですか?

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