24話 密林と産業遺跡の惑星
一月が過ぎた。
今日も璃緒は、幾重もの光輪を潜り抜ける。
それが全て途絶えた時、ホワイトアウトが視界を塗り潰すのだ。
目的地に辿り着く前の恒例ともいえる儀式。
それが消えると、璃緒は自身が辿り着いた場所を知ることになる。
「この間と同じ、惑星メギか」
別称、熱帯と廃坑の無人惑星。
表面積の四割が熱帯雨林、残りは海で構成されている。
年間を通して季節は夏。
酸素濃度と水温からして地球に限りなく近い岩石惑星だ。
鬱蒼と生え繁る枝葉は空を覆い隠すほど伸びている。
束ねたように無数の細長い蔦が集まり、生き物の血管を彷彿とさせる。
緑だけがやけに活き活きと群がり、生気を吸われそうな錯覚に陥る。
「今は晴れていますね」
瑠禰は木の葉の隙間からわずかに溢れる陽光を仰ぎ見る。
昼間も薄暗い森だ。
微かな明かりすら眩しい。
「しかし地面がまだ少しぬかるんでいます。雨季が近づいているようです」
「補足すると、夕方から雨だ」
後から現れた蘇芳はフードの付いた黒いコートを羽織っている。
雨風はもちろん、極寒地帯の豪雪や砂漠の熱砂にも耐性があるため、惑星探査において欠かせない作業着である。
「二人とも動きはいい。だから今回は敢えてコンディションの悪い環境を選んだ」
これまで蘇芳は双子に訓練として課題を与えてきた。
「覚えているか? これまで教えてきた行動パターンを」
双子は代わる代わる答えた。
「索敵、隠蔽、回避、防御もしくは護身、そして逃走です」
「近くに刺客がいないか確認、いたら撒くか隠れるかする。それでも見つかったらひたすら避けたり、追ってこれない程度に反撃、あとはひたすら逃げる…ですよね?」
いずれも、刺客が接近してきた時取るべき行動の指針である。
可能な限り目立つ行為は避け、大きな戦闘を避けるためだ。
「上出来だ。だが、お前達の場合反撃に重きが置かれている」
過剰防衛とまではいかないが、アンドロイドなだけあって威力が強いのだ。
ゆえに蘇芳は危惧している。
「やりすぎると敵は警戒を強める。より強力な刺客を送るか、巧妙な罠を仕掛けてくる恐れがある。だから今回の訓練にはさらに課題を加える」
双子は頷いた。
だから、蘇芳は告げた。
「助けを呼べ」
「?」
「へっ?」
これまでの課題とは全く毛色が異なる物だった。
というよりも、
「助け…って、たったそれだけですか?」
考え込むように沈黙する瑠禰と違い、璃緒は思ったことを口にせずにいられない。
「『助けを呼ぶ』だけなんて訓練のうちに入るんですか?」
『ま、そう言うなや』
三人の出現場所から半径五キロ以内をマッピングしてから、ウルが宥めた。
『助けを呼ぶなんざ簡単だろうと思う。けど、ンな簡単なことを蘇芳が意味もなくわざわざさせると思うか?』
瑠禰と目が合うと、頷いている。
蘇芳との付き合いはそう長くない。
だが、この若い科学者がどんな人間か璃緒は分かり始めていた。
少なくとも、夏目蘇芳は無駄を嫌う。
それを裏付けるかのように、アンドロイドの主人にして師匠は詳しく課題を説明した。
「この先に昔の炭鉱地区がある。そこまでは同行するが、途中から俺は離れて歩く。最奥部まで二人だけで行け」
それだけだった。
ただ目的地に行くのみ。
璃緒は怪訝そうに眉をひそめた。
(凶暴な
しかも、『助けを求める』という課題付きで。
関係あるのだろうか。
しかし、じっとして考え込む暇も与えられない。
早速近くの茂みが賑やかになってきたようだ。
『お出ましだぜ。目的地に着いてから考えろよ。ま、無事辿り着けたらの話だけどな』
老獪な人工知能は笑った。
言い返す間もなく、璃緒は腰に巻いたベルトのホルスターに手をかけた。
結局は、瑠禰の手が背中のクォータースタッフに届く方が早かったが。
蘇芳は姉弟にそれぞれ相応しい武器を与えた。
瑠禰は魔術を使えることから、間合いを取れやすい杖型に。先端には鈍器として使える突起が備わっている。
璃緒は動きが機敏で、見た目に反して耐久力と腕力がある。二丁拳銃などの銃火器を持たせば、中距離射撃と接近戦が可能だ。
いずれも距離に関係なく、状況に応じて戦い方を使い分けられる。
蘇芳が手甲剣とライフルを用いるのと同じように。
敵が待ち伏せしていれば物陰に隠れながら接近し、射程距離まで気づかれなければどちらかが術式を発動、あるいは銃弾を撃ち込む。
逆に相手が密かに接近していれば、気づかないフリをしつつ罠を仕掛ける。
瑠禰なら捕縛や目眩しの術を、璃緒は爆弾を。
あるいは武器や道具を使わず、物陰に隠れて敵を撒き、樹上から集中砲火を浴びせるのだ。
「この一帯はシダ植物の群生地だ。しっかりした蔦が多い」
蘇芳が言わんとしていることを理解したのか。
璃緒は大樹から垂れ下がる天然のロープにしがみ付くと、一気に滑空。
キョロキョロしながら長い爪や指で威嚇していた狒々の異形に鉛の雨を降らせた。
「やりましたね」
舞うように杖が揺れ、射程範囲から取りこぼした残党にとどめを刺したのは瑠禰だ。
璃緒のアクロバティックな動きとは違うが、無駄のないフットワークで無傷に戦闘を終わらせた。
「そういえば、先生は来てるかな?」
先生。
訓練を始めてからは、双子は蘇芳のことをそう呼ぶようになった。
「あ、来てる来てる」
見ると、ゆったりした足取りで双子から見える程度に距離を空けて歩み寄ってくる。
「マップがあるし、ウルがいるから迷子にはならないよなあ」
「それに、私達よりこの星に土地勘があります。問題ないでしょう」
ちなみに、『先生』呼びのきっかけは紫苑である。
『博士よりこっちの方が呼びやすいんじゃない?』
これは、双子のことを配慮したうえでの提案だった。
彼らにとって『博士』と呼べる存在は今まで一人しかいなかった。
そのせいか、蘇芳は特に気に留めなかった。
好き嫌いがはっきりしている彼が嫌がる素振りを見せないということは、承認している証拠だろう。
「さっき言っていたとおりですね」
「うん、一切何もしてこない」
実際、蘇芳はほとんど手出ししない。
武器はライフルを構え、双子から見えるギリギリの範囲内で距離を置いて後からついてくるだけなのだ。
「助けを呼べとは言ってたけど…今のとこ、その必要はなさそうだ」
「そう…ですね」
奥歯に挟まったように、瑠禰の声はどこかぎこちない。
蘇芳は与えた課題の意味を汲み取ろうとしているのだ。
「大丈夫だって。いざとなった時だけ呼べばいいんだし。それまでは二人で乗り切ろうよ」
今の璃緒は張り切っている。
当初は不安が大きかった。
初めから魔術が使えて戦う力のある瑠禰と違い、璃緒にはこれといった特技がなかったからだ。
初日は技や武器の使い方を教えてもらうことなく、いきなり蘇芳の繰り出す攻撃をひたすら受けるばかりだった。
避けることも寸止めすることも許されない。
兆しを感じ取る。
それが目標だったのだ。
「拳にしろナイフにしろ、攻撃の直前にはある種の変化がある」
目と口の形。
肩や足の姿勢。
そして、呼吸。
いずれも日常生活における動きとは異なるという。
「まずは違いを感じろ。それができて初めて反撃と防御に成功する」
もちろん、二人には防具を身につけさせた。
アンドロイドとはいえ、攻撃が当たれば痛いのは当然だ。
目標はあくまで攻撃の前兆を肌で感じること。
痛めつけたり、ボディを傷つけたりすることではないのだ。
もっとも、蘇芳は日頃から常人離れした存在と戦っている。
手加減しているとはいえ、威力ゼロというわけでもない。
「やっぱ痛いって! 先生、ホントに人間ですか?」
「…改造人間」
瑠禰の一言はさすがの蘇芳にもかなり効き目はあった。
しかし、最初の課題を達成しさえすれば、後はずっとスムーズに進んだ。
アンドロイドは学習能力が高いだけに、二人はあらゆる方向から来る攻撃に対し、寸止めをマスターした。
防御の訓練と並行して、尾行された時に撒く秘訣も伝授された。
周囲を利用せよ。
この葉を隠すならどこに隠す。
その星の環境に応じ、双子は密かに接近してくる蘇芳の尾行を掻い潜った。
ある時は物陰に潜み、またある時は璃緒が囮になって瑠禰への注意を逸らし、またある時は異形の注意を蘇芳に向けさせて隙を作った。
双子が蘇芳の追跡から逃れるのが上達すると、今度はわざと見つかるようにさせた。
追いつかれた時、攻撃を回避したり、反撃したりできるようにさせるため。
ようやくここで、双子は体捌きを習得できた。
特に璃緒は訓練当初から蘇芳の攻撃を受けるうちに、拳や蹴りなどの動きを見様見真似ですでに学習していた。
寸止めと見せかけて蘇芳の拳を押し返し、ガラ空きになったところで突きを叩き込んだのだ。
加減していなかったため、防御していなければ負傷していたと蘇芳は語る。
『喜べ。お前らにプレゼントを選んでやったぜ』
それが双子の武器だった。
訓練の様子を解析した結果、蘇芳と相談したという。
『敵さんは離れたところから狙ってくるヤツばっかだ。姉貴はともかく、お前さんは不利だろうからな』
ロボットならではの高い射撃の精度。
おかげで璃緒の戦闘能力は飛躍した。
(これなら姉さんを守るどころか、姉さんの分まで戦える)
安堵を通り越して、期待で璃緒の胸は高鳴った。
(僕一人でも…)
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