28話 週末の夜

夕刻の六時を過ぎた。

星間機構の人口惑星特別自治区コロニー第八区の転移装置が居並ぶゲートをくぐり、街に続く地下モノレールを降り、今度は地上に通じるエスカレーターを上がる。

降りた先は商業施設だが、全てのテナントを素通りし、蘇芳はアーケードに通じる階段を目指して屋外に出た。

いつもなら白シャツに黒いベストとスラックスだが、今日はオフの日だ。

店はドレスコードを設けていないが、雰囲気に合わせてシックな装いに見えるコーディネートを選んだ。

紺のスタンドカラージャケットとブラウンのスキニーパンツ、黒い革靴だ。

秋冬の定番スタイルとして、素材を上下ともフェイクレザーに統一する。

手には昼間購入した地球の酒…日本酒サケとアテの入った紙袋がぶら下げられている。

「大丈夫なの? いきなりそんな約束して」

脳裏に不安を隠しきれない紫苑の声が蘇る。

「心配要らない。日付が変わる前に帰るつもりだ」

「そうじゃなくて…ひさびさにお友達と会って飲むのはいいの。ただ」

「『商会カンパニー』のことなら問題ない」

気にしていない。

ただ、気にはなっていた。

魔術や科学の境界に関係なく、地球上の神秘を研究し尽くした異端の集団。

研究者として個人的に興味はある。

しかもそのトップがわざわざ足を運ぶというのだ。

むしろ歓迎するところだろう。

「場所が場所だ。連中も目立つことはしないだろう」

仮に何かあったとしても神楽がいる。

いざとなれば黙って見ているはずもなかろう。

だからルシアから誘いがあった時断らなかった。

もちろん、向こうも来るからにはそれなりの『準備』はしているだろう。

それはそれで見てみたい気がした。

「こういう仕事を続けているとというものができる。だから、お前は安心して双子と夕食をとれ」

「分かった。でも無事に帰れたら連絡は入れてよね」

「迎えに来ないのか?」

「誰の飲み会なのよ? 送迎が必要なら運転手に手土産くらい用意してよね。飲めないんだから」

「その時はケーキをお願いします」

台所で昼食の片付けをしていた瑠禰が口を挟んできた。

「ネットで調べたのですが、今日あなたが行くというバーの近くに老舗のお菓子屋があるそうなんです。アンバー博士からも生前話に聞いていましたが、焼き菓子とチョコレートで有名だそうです」

「それで」

蘇芳が疑問符なしに尋ねる時は、回答が予測できた時なのだ。

「星間SNSで確認したところ、今でもドライラムロックが残っているそうです。お土産に推奨します」

「あ。じゃあ、僕はたこ焼き屋がいいな。そのすぐ横にあるらしいんだ。週末しか開いてないとか…」

「残念だが帰りはタクシーで帰る」

つまり、お役御免というわけである。

不満そうに口を尖らせる三人をよそに蘇芳は地下室のドアを閉め、起動させた端末からゲームを介して転移した。





『人気者は辛いねえ』

他人事にしか聞こえない呑気な声に肩をすくめた。

体内端末チップから呼びかける声は腕時計型端末スマートウォッチに反映される。

こうしておけば、遠方の相手と通話しているようにしか見えない。

『相手は地球を裏から牛耳ってる奴だぜ。いくら公衆の面前とはいえ、穏やかに世間話してくれると思うか?』

「その気があるなら昼間のうちにしかけている。ルシアが店に居合わせたのが偶然だと思うか?」

とっくに蘇芳の住所も露見している。

やろうと思えば、人気ひとけのない山間部で蘇芳を拉致することもできたはずだ。

にもかかわらず、そのまま蘇芳を自宅に帰した。

『気をつけろよ。連中、手の内を変えるつもりかもしれねえぞ』

「それはあるな」

たとえば、双子と共に譲渡された惑星スカイ。

あの星の所有権に目をつけるつもりかもしれない。

『あの惑星を寄越せとか言われたらどうする? 登記手続きした日に行けばよかったのによ。あの二人の修行に付き合う意味あったのかよ』

「必要があってそうした」

ファフナーのウィルスが除去されたら、蘇芳は双子を惑星スカイに帰すつもりである。

もともと蘇芳はアンドロイドの使用人どころか、辺境の星を所有することにも興味がないのだ。

だからこれまで通り双子が機械龍と暮らせるように取り計らう気でいた。

もちろんタダで帰さない。

二人が今後も安全に暮らせるよう、ある程度の自衛手段を身につけさせる。

『お前はいいヤツだよ』



「全員いるな」

ターミナルビルの正面玄関にはすでに面子がほぼ揃っていた。

「待たせた」

蘇芳が片手を軽く上げて声をかけると、一堂は振り向いた。

「やあ、あれから調子はどうだい?」

七瀬薫は学院の高等科で蘇芳と同じクラスにいた。

役人一家の三男坊は元々時計やオルゴールといった旧式の精密機械を扱うのが得意だった。

それがロボット工学科を目指し、今や時期学部長と噂されるのも、ひとえにあの横暴かつ人格破綻者のマッドサイエンティストな現学部長様々だろう。

「お早いご到着だな。今日も残業続きかな?」

冗談めかして言う浦部直次は情報工学科卒で、今は『カタナ・インダストリ』の系列に勤めている。

その職務は、機構の職員が転移装置として利用するオンラインゲーム『コスモ・オンライン』のシステム管理と運営だ。

その浦部の隣には、星間ネットワークのニュース配信会社『アライブラリ』の現地特派員、赤坂裕一郎の姿が。

「…え…ああ…やあ」

FMD《フェイス・マウント・ディスプレイ》を被ったまま、何やら呟きながら挨拶している。

実際は、星間SNS越しにのだが。

「待ちくたびれたぜ。こちとら、水一滴呑むのを我慢してたってのに」

一日中飲まず食わずのように疲れた顔で文句を言うのは、蘇芳と同じく外宇宙調査団に所属する、宇宙工学科の久利生正樹。

もっとも、白いスーツの上下に派手な柄のシャツと金の腕時計やらネックレスやらで蘇芳の同業者には見えない。

「店を予約したのはお前だ。遅刻してどうする」

極月泰山。

防衛作戦部第四旅団、偵察隊隊長。

偵察と監視を担うだけあって軽装でも窮地を潜り抜けられる身体能力が要される部隊。

ゆえに、泰山は武器を装備していようと手技だけで対処できる。

黒革のライダースジャケットは鎧のように厚みのある体躯を覆っていた。

「そう責めないでくれ。突然無理を言って誘ったのは私だよ」

神無月神楽はそんな蘇芳の同期達をまとめるリーダーだ。

そして、第四機神旅団副団長である。

シックなダークグレーのスーツはオーダーメイドらしく、彼の体にピタリと収まっている。

胸元にはネクタイ代わりのスカーフを巻いており、そのまま女性とデートに行けそうな雰囲気だ。

生まれつき濃い色の肌に涼しげな目が笑みを浮かべて細まる。

もっとも、その痩躯には筋の張った堅い皮膚が引き締まっている。

「遅れてすまない。手土産を用意してきた」

そう言って紙袋を見せると、久利生が首を突き出してきた。

「洋酒かっ? いや、瓶の形からして違うか…もう一つは何のツマミだ?」

「着いてからの楽しみにしておけ」

「では諸君、案内を頼もう」

副団長の号令に伴い、一堂は明かりがつき始めた繁華街に繰り出した。

「源治は欠席かな?」

「奴は当直だ」

「可哀想に…代わりに僕が呑むしかないか」

「陸奥は惑星コスから帰れそうにないんだ。遺跡の出土品に囚われたらしくてさ」

「勤勉だね。また大時代の電子機器でも見つけたのかい?」

それぞれが近況を報告し合っている間、蘇芳はさりげなく浦部の耳に近づいた。

「進展は?」

足並みを合わせながら、先日頼んだ案件について尋ねる。

張り切って週末は夕方のアーケードを突き進む集団。

落ち合う度に目にする、見慣れた光景だった。

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