11話 人形殺し

アンドロイドは知力や体力において人間を上回る。

ただし、製造される過程で個々の適性が割り当てられるため、万能型ジェネラリストというよりも専門型スペシャリストとして特定の分野で活躍するようプログラムされている。



たとえば、使用人MD型ドロイドは家事や秘書業務に対応できるが、学習しない限り護衛や戦闘に対処できないのだ。

ゆえに瑠禰は今、

「退屈だろう?」

捕らえた男と向かい合う。

体を手術用ベッドのような台に固定されたまま。

「出港まで時間がある。少し付き合ってもらうか」

そう言って、偽の入港管理局員は倉庫の棚を物色する。

貨物船の積み下ろしに使われるだけあって、道具は豊富だ。何かをこじ開けたり、潰したりできるよう使うため。

「あなた方は船に乗るつもりがなさそうですね」

鋭利な先端を持つ金属塊を手にした男は首を傾げる。

「やれやれ…使用人メイドというより令嬢様プリンセスだな」

厳つい顔つきとは不釣り合いに薄ら笑いが浮かぶ。

「ま、オレはあんたが何者かなんて興味ない。ただ機械の体だってことぐらいだ。それ以上の価値なんざ知らん。もっとも」

寝台に歩み寄り、工具らしき物を横たわる瑠禰の顔に近づけた。

「それ以上の価値を見出した奴なら他にいるらしい。何を考えてるかは知らんが、あんたは連中にひどく気に入らられたそうだ」

瑠禰は理解した。

彼女が狙われたのははぐれアンドロイドだからではない。

この男はアンドロイドに執着する誘拐犯だ。

それも、地球人に頼まれたという。

「私を必要としている人がいるのですね。ですが、それならどうして直接会いに来てくださらないのですか?」

「さあてな。オレはただあんたをここまでドライブに誘うことしか頼まれてない。あとは」

工具を持ち上げると、先端をタートルネックに隠された胸部にあてがう。

「暇つぶしの楽しみだ」

頭、首、肩、上腕、肘、下腕、手首、誘拐犯は関節ごとをなぞるように指を走らせる。

ときおり、セーターやスカートから露出する肌をさすり、そっと肉を摘む。

「よくできてるな…さすがは機構の…夏目の…ああ…いいな…」

「アンドロイドがそんなに珍しいのですか?」

声をかけられても彼はやめない。

じっくり手に取って観察している。

「今さら……ああ、でも…あんたは…ずっと…作りも…」

ただの愛好家マニアではなさそうだ。

そうでなければ、寝台に寝かしつけ、建物すら解体可能な工具を持ち出さないだろう。

(少なくとも、彼が壊したいのは建物ではなさそうですね)

瑠禰は周囲に視線を走らせる。

寝台以外は灯りが点いている照明は二箇所、出入り口と非常口だろう。

それも全く手薄というわけではない。

車に乗せられるまでこの誘拐犯には側近がいたはずだ。

それも生体反応が著しく乏しい。

比喩にあらず、文字通り手足として使役できる駒…使い魔の類だ。

対する瑠禰は使用人型アンドロイド。

身体能力と頑強さは地球人を遥かに凌ぐが、戦う術は持ち合わせていない。

そのうえ、

(この男、素人ではありませんね。足の運び方は軍人のよう。そのうえ、車に乗っていたのは間違い無く)

運転席と後部座席それぞれに乗っていた共犯者達を思い出す。

溶けるようにして銀の液体となって、この男に集約される形で流れ込んだ。

彼らはアンドロイドではない。

むしろ、この男にナニか。

(間違いなく彼は…異星人)

自らの体を液状化させ、分身を作れることから、瑠禰はデータベースから種族を特定できた。

「これからあんたの体をいろんなやり方で見るわけだが…今のうちに話しておきたいことはあるか?」

瑠禰は自身の手足に視線を伸ばした。

手首や足首は金属の輪で固定。

切断は不可能。そんな機能はない。

(ですが)

あらかじめ備えられた機能はなくとも、彼女には学習能力がある。

身につけた能力があれば、

「最後に教えてください。誰があなたに私をドライブに誘うよう頼んだのですか?」

唸るような駆動音の中、張り上げることなく瑠禰は問う。

唇の動きで理解したのか、男は首をひねる。厳つい体躯に似つかわしくなく、どこか幼い挙動だった。

「さあな。地球の金持ちが考えることは分からんよ。それに知ったところで、あんたはも」




男の顔が強張る。

何かが失われた。

一部、自身の体にあったはずの物が。

(まさか)

見えなくとも、彼には自身の《《手

駒》》がどこでどう動いているか手に取るように把握できる。

そのうちの一体が、そして別個体達が次々と倒れ伏していく。

(誰が、こんな…っ?!)

骨がへし折られる。

そんな感覚に、思考が現実へと引き戻された。

「考え事ですか?」

たった一本の腕が工具を握る手をきつく締め付けていた。

万力の圧力だが、締め付ける手には脆く壊れやすいほどに冷たい陶器の白さが宿る。

(馬鹿な)

アンドロイドの少女は片手だけで異星人の腕を捻りあげた。

誘拐犯は手を緩め、瑠禰は奪った得物を寝台の上で突き立てた。

直後、金属が砕け、火花が散り、彼は突然の眩しさに目を押さえる。

金の髪を振り乱し、人形の少女はもう片方の手と両足首を縛る拘束具を破壊、自由にした足でスカートを寝台から翻した。

(どうやってだ? 手錠は…)

拘束していたのだ。瑠禰の両手足を。

(いや)

瑠禰の片方の肩が不自然に揺れる。

その動きで理解した。

(外したのは肩の関節か)

だが、と口の端が吊り上がる。

拘束が解けたところで逃げられない。

彼の望んでいた形ではないが、追いかけながら楽しむのも悪くない。

殺戮が日常だったゆえに、逃げ惑う様もまた愉快だった。

(まだ見て触っただけだぞ)




ゆえに、

「無駄だと言ったろうが」

異星人は手を伸ばした。

指先は溶け崩れるが、顔には笑みが浮かんでいる。

銀の液体と化した腕は、瑠禰の背中に追いつくと、その胸から腰や足、手を絡めとる。

金属とは似て非なる、粘りつく拘束。

「おいおい、手間とらせるなよ」

拘束したまま男は歩み寄る。

「せっかくの楽しみが」

ピタリ、と瑠禰はもがくのをやめてしまった。

だが、静止したのはアンドロイドだけではない。

男は非常口を見た。

工場が機能していないことを証明するためのシャッター。

そこに影が浮かび上がる。

(なんだ、あの…)




亀裂。

それは、シャッターに広がる染みから始まった。

非常口は砕け散り、割れ目から長身痩躯が浮かび上がる。

フードを下ろして、異形殺しの異星人が佇む。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




蘇芳は工場の防犯カメラから見て死角の道路脇にバイクを停めた。

赤外線を透過させるコートを纏い、有刺鉄線に備えて黒いフェイクレザーの手袋を嵌め、フェンスを越えた。

コートの下も同じ素材でできているため、傷つく心配はない。

『おそらく一番港に近い倉庫だぜ』

「どうりで多いわけか」

視線の先には複数いた。

倉庫ごとに四方を囲む男女。

いずれも手持ち無沙汰のように何も持っていない。

しかし、蘇芳は睨む。

『察しのとおり、全員デコイだ。あと、体の大半は金属質でできてるな』

それだけではアンドロイドを拘束するに至らない。

柔軟な作りで牽制する方が容易い。

ゆえに、誘拐犯の正体を推測した。

自分と同じく地球外である。

ただし、人形アンドロイドでも人間ヒューマノイドでもない。

だから、とるべき行動は決まった。

建物から建物へ。

隠れながら接近し、一人ひとり見張りを片付けていった。

鳩尾や後頭部を突き、背後から羽交い締めにして肩を回し、転がるようにしゃがむと顎を蹴り上げ…一人、また一人と確実に倒しながら近づいていく。

力尽きた者達は、いずれも銀の液体へとその身を変える。

『傀儡かよ。金属やら蛋白質やら溶け込んでるが、主成分は水ってか』

「構成はいい。問題は構造だ」

触れてみて、蘇芳は把握する。

「水素結合…各分子の隙間を水の構成分子が埋めている。だからこうして水のような外見を持ちながら完全に水に溶け込まず、変幻自在な形を保てるというわけだ」

『ご教授感謝。アンドロイドのに手慣れてて、スライム使える異星人…機構の手配者リストから該当者が一人出たぜ』

手首の端末から浮かんだプロファイルを見て頷く。

『ヒドラ。地球でいう原生生物が知能を高くしたような連中か。老若男女関係なく、どの個体も愛くるしいスライムちゃんだそうな』

だが、と機神マキナのAIは続ける。

『その実、捕食本能に由来して好戦的。原始的な古代の嗜好が今も根付いているんだとか。たとえば…人、あるいはそれに類似した形代を貪る、とか。要は人の形してりゃお構いなし』

貪る、というのが文字通りの捕食行動以外の行為を指すことを二人は悟っていた。

要するに快楽殺人鬼なのだ。

そんな彼に機構が与えた二つ名が、

(人形殺し、か)

ゆえに、躊躇う必要はない。

『おっと、紫苑からだぜ』

『兄さん、戦術チームが今出動したわ。五分もかからないと思う』

「その前に終わらせる」

異形殺しは狙いの建物に目をつけ、シャッターへと右手を振り下ろした。

手首から黒い煤を散らして。




シャッターの亀裂から這い出ると、蘇芳は先に瑠禰を見た。

見たところ、五体満足のまま立ち尽くしている。

「怪我はないか?」

錆と埃でむせ返りそうな工場にいて、金の三つ編みは乱れることがない。

しかし、縦に振る首につられて肩が不自然に揺れている。

奥の寝台を見て蘇芳は理解した。

体を張って脱出しようとしたのだろう。

損傷けががないとはいえ、アンドロイドには危険を感知するため痛覚が備わっている。

(そこまでして、人間に似せる必要があるのか)

蘇芳がアンドロイドを嫌う理由の一つはそれだった。

「外で紫苑が待っている」

蘇芳は目の前に佇む異星の人形殺しと向かい合う。

人形殺しは目をすがめて睨む。

「夏目蘇芳で間違いないな」

「よく知っているな」

「悪名高い殺し屋博士だからな」

そう吐き捨てると、宙に上げた片手が震える。

たちまち粉砕されたシャッターから無色透明かつ不定形な塊が流れ込み、袖口に吸い込まれていく。

並行して、人形殺しの肩と胸が泡立つように盛り上がり、腰と頭の位置が天井に向かって伸びた。

「二十二かそこらで宇宙科学技術学院アカデミーの外宇宙調査団のメンバーに入り、辺境で失踪…と見せかけて帰ってきた。どこぞ魔女から怪しげな術を身につけたとか」

見開かれた瑠禰の視線に応えようとしない。

「以来、機構の反乱分子や異形がわんさかいる僻地で口では調査と言いながら異星人や異形を狩り続けた。反機構テロ組織『ゴースト』、魔術カルト集団『星の智慧派』、宇宙海賊『三槍会トライアド』、地を穿つ悪魔『シュド=メル』、彗星型捕食生命体『カラー』、『無貌の混沌』の化身…」

『そこまで知ってんなら、分かるだろうがよ。もう終わりだってな』

ウルが待ったをかけて瑠禰を促す。

『紫苑が外にいる。今度こそあいつについてけ』

頷くと、振り返らずに金の三つ編みだけが残像を置いて去った。




人形殺しは追わなかった。

代わりに、非常口へと目を走らせた。

ゆえに、蘇芳はそれを見逃さない。

先手を打って、進み出る。

正面に現れた黒いフードに対し、石川は膝を狙って踵を回した。

拳より威力の強い蹴りに対し、蘇芳はあえてしゃがみ込んで両手首を交差させて受け止めた。

そしてクロスガードした姿勢のまま、人形殺しの足首を掴むと自身の方へと引き寄せ、反動を利用して近づけた顔に拳を叩き込む。

身を翻してかわすと、両者は拳、突き、蹴りを交互に繰り出し、肘や膝で軌道を逸らし、あるいは掌で衝撃を和らげて無効化した。

その間に、蘇芳の脳裏にウルの言葉が反芻する。



『奴のコードネームはジェリーウォーカー。でもって、二つ名はお前さんが呼んだとおり、「人形殺し」ときたもんだぜ』

さっき見てきたばかりの事故現場がニュースで流れたと言わんばかりに、ウルは興奮していた。

人形殺し。

少女型アンドロイドのコレクターとして知られる一方、手元に置く置かないにかかわらず、傷つけ壊すことに快楽を感じる人格破綻者…近年は少女型の中でも骨董品のドールに異常な執着を抱くことで悪名高い。

瑠禰を狙った時点で、そして正体に気付いた直後に思い当たる節はあった。

的中するとは思っていなかったのだ。



正体は分かった。

問題は、いかにして瑠禰のことを知ったのか、だ。

(隙を作って聞き出してみるか)

アンバー=ベルンシュタイン博士は私生活を公にしなかった。

ゆえに、瑠禰や璃緒と面識があったのは博士の同士、もしくは関係者だろう。死んだことを知って、目をつけたのだ。

だから、探りを入れる必要がある。

「瑠禰のことだが」

ジェリーウォーカーの視線が蘇芳の目を捉えた。

自身の手足を動かしたまま、蘇芳の手から注意が逸れる。

「あいつは普通のアンドロイドとは違うそうだ」

それが何を意味するか。

「そりゃそうだ。あいつ、ただオレに壊されるのがつまんないと見た。あんな風な抵抗してくるタマは久々だ。たまんないねえ…なあ、アンタもそうは思わないか…!」

恍惚とした表情が答えだった。

『蘇芳、こいつは外れだ』

瑠禰について詳しく知らされていない。つまり、強奪を命じられただけ。

「残念だ」

蘇芳はジェリーウォーカーの喉を突き、体を真横に反らした上段蹴りを当てていた。

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