7話 宇宙科学技術学院

「う〜ん、いい出来だ」

宇宙科学技術学院アカデミー

銀河系の秩序を統制する星間治安維持機構における、科学技術の揺り籠。

数ある研究棟のうち、ここは開発中のロボットを保管する格納庫だ。

ほくそ笑むのは曇ったように薄汚れた白衣の中年男性。

しかしなぜかその下は、限られた惑星でしか採取できない素材でできた高価なスーツだ。

白衣の汚れは科学者の経験値、というのが持論だからだ。

実際、白衣の男はわざと髪に櫛を入れず、染めたように真っ白な寝癖だらけの頭を揺らし、自己満足に頷いた。

薄汚い白衣やブランド物のスーツより、ずっと価値があると見なすネームプレートの輝きをチラつかせて。

『宇宙科学技術学院

ロボット工学科

学部長

Prof. ホワイトナイト』

もとい、秋葉原白夜である。

ちなみに、周囲の人間は『秋葉原博士』としか呼ばない。

「見たまえ。この佇まい、フォルム、質感、バランス…素晴らしいと思わんかね?」

格納庫には秋葉原を除いて人っ子一人いない。

しかし答える者ならいる。

『ええ、プロフェッサーの仰るとおりです』

秋葉原の専属AIだ。

彼だけが『プロフェッサー』と呼ぶ。

「そうだろう、そうだろう。いやあ、益々気に入った。これ程の最高傑作、軍の連中にくれてやるのは惜しい」

『ですがプロフェッサー、今回の試作機は防衛作戦部からの要請を受けて着手した物です。許可なく独占することは横領になります』

「五月蠅い黙れやかましい!」

くわっと目を剥くプロフェッサーことホワイトナイト。

そこに威厳は微塵もない。

「作ったのは誰だこの私だ! こいつは息子! 私は親! 親が子供の末路を決めるのは未来永劫変わることのない恒久の真理なのだ! 分かるか!」

はあ、とため息に近い声を漏らしながら専属AIのカレル。

彼にしか聞こえない電子思考で一人ぼやく。

(やれやれ。秋葉原博士が優秀なのは分かりますよ。実際、発明したロボットは銀河系に普及してるし、防衛作戦部にとって貴重な戦力です。おかげ様で毎年使い切るのに時間がかかるくらい予算は出るし…けど、トップがこれじゃあなあ…)

『トップがこれ』のわりに、ロボット工学科は学院アカデミーの研究者を志す若者にとって圧倒的に人気があるコースなのだ。

「まあ今のは冗談だ、分かっておる。私が言いたいのはだな、作戦部に引き渡す前にちと…試運転テストをしてやろうということだ。そういうことならさすがの連中も口出しできんだろう。違うか、カレルよ」

『テスト、ですか』

どこか不安そうな呟きは次に飛んできた秋葉原の激に潰された。

「ゴチャゴチャ言うな、カレル君。万一の事態に備えてあらゆる結果を仮定し、リスクを未然に防ぐことは科学者の役目だ。ゆえに、私にはこいつを動かす義務がある。理解したまえ」

『はあ』

秋葉原白夜は自身の実力と地位に対して揺るぎない自尊心と絶対的な他者への支配意識を抱いている。

(言い換えると、プライドが高くて自分以外の存在は足元にも及ばない…ってことですね)

しかし無理もなかった。

その傲岸不遜な言動を裏付けるかの如く、白夜博士は四大貴族の一つたる秋葉原家の現当主であり、学院アカデミーの現院長の息子だ。

しかも肩書きに恥じることなく、秋葉原の発明したロボットはいずれも市場に出回っており、軍事作戦成功の要として活躍してきた。

ゆえに、軍も議会も彼を無視できなくなっている。

兵器開発を依頼する際、必ずお伺いを立てるくらいだ。

多少言動に問題があっても学院内では重宝されており、無視できない理由である。

そして、そのことがさらに彼を増長させる原因なのだが。

「さてさてさて…そうと決まったら早速起動させ」



「失礼します」

ケーブルに蹴躓けつまずいた体が倒れ込む音。

自分しかいない格納庫で突如背後から声をかけられて驚愕する声。

いずれも重なり、天井の高い空間は騒がしくなった。

「イタテテどこのどいつだいきな…って?!」

四つん這いのまま顔を上げた先。

長身の若い男が見下ろしていた。

「な、なんだなんだ七瀬か、入る時はノックくらいせんか!」

七瀬薫は秋葉原の部下だ。

人体の感覚器官と運動神経をロボットに共有させることで遠隔操作を可能とする技術を発明し、三十路を前にして『縹』の称号を与えられた。

ロボット工学科に籍を置きながら、『色』や『宝石』が与えられることは栄誉なのだ。

そんな実績や肩書きに関係なく、七瀬は人当たりがよく、率先して世話を焼く好青年である。 

「申し訳ありません。ノックしたのですが、返事が聞こえなかったもので」

「そ、そうか…まあ、よかろう」

そもそも格納庫はロボットをはじめとする試作機の製作、調整、修理のため騒音に支配されている。

ノックなど無意味なのだ。

それでも律儀にマナーを守るため、秋葉原は七瀬には寛大な態度で接する。

「それより秋葉原博士、そろそろ院長との打ち合わせがあります」

「打ち合わせだと?」

「ええ、アンバー博士の遺言執行における結果報告と承認です」

ハッ、と起き上がった秋葉原は七瀬から距離を取って睨みつけた。

すぐそばにいると、首が痛くても自分より長身の男を見上げることになるからだ。

秋葉原にとってそれは屈辱的だった。

それだけではない。

アンバー博士の名を聞いた時、一人の男の顔が脳裏によぎった。

かつてアンバー博士が統率していた惑星鉱石学科に、七瀬と同期で入ったある男がいる。

今は各惑星へ長期滞在する調査員達の部署に所属している。

先日格納庫にロボット工学科以外の部署から古生物型の巨大ロボットが持ち込まれていると知った。

出所を聞いてからというもの、秋葉原の『ある男』への怒りは絶頂に達している。

(奴め、『黒曜石オブシディアン』の称号を得てからというもの、地球圏の調査を任されただけでは飽き足らず…青二才め)

そんな秋葉原の思うことを知ってか知らずか、七瀬は顔を覗き込んだ。

「いいのですか? 防衛作戦部の久貴少将と神無月大佐もお見えです」

それには応えず、秋葉原は彼の専属AIに確認した。

「カレル君、会議の時間が近づいているとなぜ言わなんだ?」

『申し上げたいと存じておりましたが、肝心のプロフェッサーが試作機の調整にのめり込んでいたもので、なかなか言い出せなかったのです』

そういえば、工具から叫ぶような電子音に混じって声が聞こえた気がする。

しかし秋葉原はそのことを深く追求せず、我が子同然のロボットに毛布をかけるように覆いを被せ、格納庫の電源を落とした。

「ふん…では行くか」

気乗りしない、というよりも気に食わなかった。

(会議だと? どうせ話し合わずとも結果は目に見えとるわ)

秋葉原白夜は院長の次に学院アカデミー内で絶対的権威を誇る。

ロボット工学科学部長。

秋葉原家当主。

院長の息子兼次期院長の最有力候補。

兵器開発のスペシャリスト。

重要な決定に際して、秋葉原白夜が首を縦に振らない限り成立しないことは多い。

大元帥といえど、評議会議長といえど、覆せない。

しかし、そんな秋葉原ですら太刀打ちできない相手がいる。

院長然り。

今は亡き鉱石学科の学部長然り。

そして。

「僕はこの後実験があるので出席できませんが…彼をよろしく頼みます。まあ、神無月大佐も一緒だから大丈夫でしょうけど」

そう言って、秋葉原の数少ない素直な部下は一礼して自分の研究室へ戻って行った。

『七瀬博士もああ言っていたわけですし、最早決定事項ですから』

「ふん…」

気に入らない。

だが、仕方ない。

今日の議題の中心人物にして主役。

アンバー博士の教え子にして部下。

自身と同じく四大貴族の次期当主と目される青年。

今は外宇宙調査団に籍を置く調査員。

夏目蘇芳のことだ。





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