4話 機械仕掛けの鎧

惑星スカイはルネとリオの故郷だ。

双子はアンバー博士によって生み出されたアンドロイドである。

そして、とある研究所で完成し、その日に惑星スカイに連れてこられ、そこで初めて稼働した。

ゆえに、姉弟きょうだいは博士以外の人間を知らないし、会ったこともない。

星間ネットワークが通っているので、外部との接触は可能。

ただし人間と直接関わったことはなく、金品のやり取りをするためメールで連絡を取り合う程度だった。

そもそも、

(この星は光学シールドで守られてるはずだ。アンバー博士が亡くなる前に用意してくれた…)

用心棒としてファフナーを作ったが、その前に危険因子の侵入を防ぐべく双子に遺した置き土産がスカイの光学迷彩障壁だった。

それが破られることなど、

「あなたは誰ですか?」

先に口火を切ったのはルネだった。

作られたタイミングが僅かに早いせいなのか、同じ日付と時刻に起動したにもかかわらず、ルネがたいていリオを先導したり、指示を与えて動かしたりすることが多い。

外部の人間とやり取りする時もそう。

(それに姉さんの方が落ち着いてる)

リオは口下手ではない。

しかし、他人と交渉ができるほど器用ではないことを自覚している。

それも、ファフナーを殺した者と。

『誰、と聞かれてもなあ』

機械鎧とは別の声が喋りだす。

しかしその声もまた鎧の方から木霊するのだ。

機械鎧は手にしたファフナーの電子頭脳を掲げながら答えた。

『こいつを殺しに来た奴』

つまらない解答だった。

「その龍はファフナー。私達の家族です。敵ではありません」

『家族? そいつは変な話だな。さっき喰われかけてたじゃねえか』

それは、と口を開こうとしたリオがか細い手で制された。

分かっていますとルネは目配せした。

「先日落雷があったのです。普段ならその子が吸収して被害を最小限に抑えるはずでした。それが何かの弾みで」

超高層雷放電ブルージェットか」

この声。

最初に聞いた機械鎧の呟きは、まさしくこちらの方だった。

ようやくリオは合点がいった。

(人間と体を持たないAI。機械鎧このなかには二人いるんだ)

ちなみに超高層雷放電ブルージェットとは、宇宙空間からも観測可能な、成層圏下部で起こる落雷である。

「これまでも落雷を経験しました。この子は避雷針として受け流す仕組みになっているはずですが…」

「雷はきっかけにすぎない」

機械に身を包んだ人間の男は気にも留めない。

淡々と呟くように続ける。 

「ハッカー共が便乗する現象だ」

リオの舌が下顎に張り付く。

体が壊れかけているせいだろうか。

水分の蒸発が激しい。

「ハッカー? ウィルスが原因ではなかったのですか」

『正確に言うとハッカーが作ったウィルスだな。落雷は引き金にすぎねえ。お前さんの言葉を借りるなら、事由ってやつか』

AIは機械鎧のパイロットに話を振る。

こともなげに、パイロットは肩をすくめて見せた。

『連中は落雷のタイミングを計算して爆弾ウィルスを投下。あとはご覧のとおりってわけだ。んじゃ、最後のお仕事と参りますか』

ぐっと電子頭脳を握り締める手。

生身の人間では出せないであろう万力の力が込められていく。

「何をする気ですか」

じり、とルネの足が進み出る。

リオに比べると破損は少ない。

だが、痛覚遮断の機能が低下しており、立っているのがやっとだ。

にもかかわらず、食い下がった。

「何を、と言われても」

AIと同じ台詞を呟き、機械鎧のパイロットは見下ろすだけ。

顔は分からないが、兜の向こうは無表情でしかないはず。

うんざりしたようにつまらなそうな目で見ているに違いない。

(というか…呆れられてる)

こくり、と首の関節が曲げて傾げる仕草がリオの予想を肯定する。

実際、呆れた声色で機械鎧は告げた。




「処分だ。汚染された人工知能のな」




リオの手は支えにしていた瓦礫から離れた。

ひしゃげた足が直立している。

明滅するかのように、痛覚が反復して蘇る。

痛覚遮断の効果が切れかかっているのだろう。

「処分って…ウィルスを除去しないのですか?」

いやあそれがなあ、と機械鎧を通して喋るAIの声は間延びしていた。

『その方が手っ取り早いけどよ…できねえんだわ。なんせこのウィルス、どこの誰が作ったか分かんねえし。そうなりゃ、壊すしかねえだろうが』

陥没しかけた膝。

リオは自分の状態など忘れて足を踏み出した。

「ワクチンが…ない?」

AIが返す代わりに黒と銀の仮面が瞬時に応えた。

「解析にかけたところで別のプログラムが汚染されて暴走する」

『つうか、今の話ニュースで流れてたぜ。知らねえのかよ?』

ネット配信のニュースなら流れるが、リオはほとんどそんな物を見ない。

見たところで、日々の生活になんら影響はないからだ。

ずっとそうだった。

ルネを覗き込むが、彼女さえ目を潜めて首を振った。

そんな双子に構わず、機械を纏った人間は続けた。

「ゆえに、機構から命が下った」

ぎし、と無数の端子で覆われた回路に機械の指が力を加える。

「ウィルスに汚染されたAIを速やかに処分する」

「…待ってください」

ルネと同じ言葉が自然と溢れた。

もう黙ったままでいられない。

「ファフナーは…僕らの大事な家族なんです」

『知ってる。さっき聞いた』

二度も同じことを聞かされたのか、焦れったそうに溜め息混じり。

「だったらお願いします。僕らでウィルスを消す方法を見つけます。もうファフナーに人を襲わせないようにさせる。なんだったら、ウィルスを植え付けたハッカーを見つけ出す」

そもそもこのウィルスはハッカーによって作られたのだ。

ならば、張本人を見つけ出してワクチンを手に入れればいい。

「どこにいるかは分からない。だけど、探してるなら僕らも協力します。だから、ファフナーを壊さないでください。返してください」

ふと機械鎧の人間はファフナーの電子頭脳を握る腕を下ろした。

肩の力が抜けた、と言わんばかりに。

その意思を代弁するかの如く、AIは呆れた声を上げた。

『おいおい、それでもお前らロボットかよ? さっきこいつに何されたか分かってんのか?』

「分かってる!」

一歩、糸の切れた人形のようにぎこちなく片足が動いた。

「ファフナーは僕らを殺そうとした…けどそれは、こいつがしたくてしたわけじゃないんだ」

大きくて力も強い。

それでも寂しがり屋で人懐こい。

博士が亡くなった日の夜はルネが歌を歌い続けた。

リオは大好きな本を読んで聞かせた。

何日かしてからだ。

双子を乗せて野山に連れて行けるくらい気力を取り戻した。

ファフナーは怪物ではない。

「博士と約束したんだ。ずっと仲良く暮らすようにって。僕らのうち誰かが困っていたら助け合いなさいって」

死期を感じ取っても、アンバー博士の目に恐怖はなかった。

ただ、

『もっとたくさんいたかったわ』

細めた目は穏やかだった。

しかしその声は静かすぎた。

『羨ましい』

そう思ってくれたことが双子には嬉しかった。

ファフナーも同じだ。

だから、

「せめて僕達だけでも博士の分まで生きるんだ。だから、ファフナーも…」




刹那。

兜と肩が小刻みに揺れた。

小さく揺れる中、リオには確かに聞こえた。

霞むように吐く息。

それは喉元から絞り出される声に混じっている。

間違いない。

リオには分かっていた。

機械に姿を隠した人間は明らかにのだ。

「何がおかしいんだよ」

「おめでたい頭だな」

いかなる熱や冷気の中でも行動できるアンドロイド。

そのリオが顔を強張らせた。

暗い真冬の寒空の下、表に放り出されたように。

沈黙を守ってきたルネも声が出ない。

ただ、目を見開いている。

唇は結ばれたままだ。

「ロボットに家族などいない。お前達は確かに姉弟機きょうだいきだ。同じ部品を共有して作られたからな。どちらかが壊れたら一方の部品で補い合える。そういう関係だ」

それに、と漆黒に塗りつぶされた機械人間は続ける。

軽く背後を振り返り、両断されたファフナーのボディを見せつけながら。

「こいつはこの土地を守護管理するため作られた警備用ロボット…いわば番犬だ。番犬はペットになれても家族にはなれない」

言葉の一つ一つに含まれる嘲笑。

それはリオの胸に刃の如く突き立てられた。

(さっきから聞いてれば…こんなヤツに何が分かるんだ。こんなこと人間が口にするセリフか?)

自分も姉も確かにロボットだ。

人間と同じように食事や睡眠ができるが、別にしなくても日常生活に支障はない。

人格や記憶も年相応の子供を模倣モデルにして作られた物。

体の中を走るのは血液でも血管でもなく、それに相応する燃料と配線だ。

骨格も筋肉も内臓も金属やゴムの塊。

電子頭脳AIさえなければ、機械仕掛けの人形なのだ。

何もかもが作られた人間に作られた存在だ。

それはファフナーも同じこと。

(だけど、博士は…いや、。博士もこの機械鎧の中身と同じ人間だ。だけど)

少なくとも、博士は双子の意思を尊重してくれた。

ロボットだろうと家族なのだと。

ファフナーもそれは同じだ。

(だけど、博士はこんなヤツと同じじゃない。こんなヤツ…博士と同じじゃない。同じ人間なんかじゃない)

体内を巡る動力源が激しく押し流され、逆流する。

関節が、骨組みが、人工筋肉が熱を帯びていく。

その度に腰へ、腿へ、足首へ、腕、指へと、先端に力が伝わっていく。

「黙」





「やめてください」

リオは見た。

ルネの目を。

晴れた空と空を映す湖の色。

二つの青を浮かべたような瞳だ。

その青い目が今は

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