3話 セカイを壊すモノ
瓦礫。
砂礫。
飛礫。
全てまぶたの向こうに広がる。
(なん、で)
リオは床は横たわったまま、目の前の光景から目を逸らさない。
起き上がろうともしない。
ただ、湧き上がってくる。
(なんで)
疑問は一つだけ。
(なんで)
こんなことに、と唇が動く。
声はない。
どうやら肺のあたりに崩れた破片が突き刺さっているようだ。
人間なら即死だろう。
まだ意識があるのは電子頭脳が無事だからだろう。
だからまだ死ねない。
(姉…さんは)
どうにか眼球を動かす。
土煙の中、熱探知が頼りだ。
いた。
ルネの三つ編みは解けて床に広がり、そこだけ金の川が流れているようだ。
顔は隠れ、表情は窺い知れない。
意識があるかどうかも分からない。
(しっかり…)
揺れた唇の奥から絞る声。
頭上の轟音に掻き消された。
宙へ注がれる眼。
そこに恐怖はない。
ただ、
(なんだ)
僅かな安堵がよぎる。
鱗に覆われた胴体。
羽衣のようにたなびく翼。
蜥蜴の頭。
間違いなく双子の同居人だ。
人ではないが、共に暮らしてきた家族である。
(ファフナー)
また唇が揺れる。
聞こえているはずがない。
肺から息が出ない以上、喉から声が伝わることがないのだ。
それでも唇を動かしてリオは見る。
まだ壊れていない、生きていることを伝えるため。
(頼む、助けてくれ)
そこにいるのはファフナーの頭だ。
リオの目は見開かれる。
(ファフナー?)
それは呼びかけのうちに入らない。
リオは問うていた。
ファフナーなのか、と。
(どうしたんだ?)
理由は分からない。
だが、違う。
少なくとも、二人が倒れている様子を意味もなく黙って見過ごすはずない。
いつもならつかさず瓦礫を頭や尻尾でどける。
そして、双子を安全な所へ運ぶ。
はずが、
(なんで、だよ…?)
まあリオは問う。
答える者のいない疑問を。
「…な」
ようやく掠れて声が絞り出される。
「なん…で」
白い濁った双眸が上を向く。
もたげた
「なんで…壊した?」
答えはない。
ただ、頭が振り下ろされた。
崩れ落ちる床。
瓦礫から這い出す璃緒。
腕には長い金髪の頭。
腰から下は、分からない。
(そう、か)
殴られるように額に打ちつけられた破片で視界に火花が飛ぶ。
それが昨夜の雷を思い起こさせた。
(打たれた、のか)
落雷はなかった。
一日のうちに四季がある惑星スカイ。
これまで台風の被害に遭わなかったのは、一重にファフナーのおかげ。
川や湖が氾濫しても、かの機械龍が大地を削って、水の逃げ場を作っていたから。
土砂崩れが起きても、堀った穴が落ちてくる岩石を受け止めていたから。
そして、落雷。
龍自らが避雷針となって、雷をエネルギーに変えていたのだ。
(だけど、それなら)
なぜ今になっておかしくなった。
答える者はいない。
機能停止した姉と崩れ落ちていく自分、そして理性を無くした家族だけ。
『博士はもういません。しかし私達だけで上手くやっていけます』
そう言って落ち込むファフナーをルネは励ました。
見かけによらず寂しがり屋だった龍の頭をリオは撫でてやった。
作られた時間からして双子の方が歳上だったからだ。
『そうだよ。僕と姉さんがいるんだから、元気出せよ』
本当は双子も寂しかったし、不安も大きかった。
歳月が過ぎ、生活に慣れていった。
人間の子供なら子供でなくなる時期に差し掛かる頃になった。
そして現在。
(やっぱり、先に治すんだったなあ)
リオは狂った家族を見上げる。
物言わぬ龍。
焦点の定まらない目は何も答えない。
(ごめん)
まぶたは下りた。
暗い。
硬い。
そして冷たい。
屋敷の奥深くに落ちたようだ。
それでも痛みはなかった。
(痛覚、遮断したっけ?)
そのわりには衝撃が伝わらない。
両足は破損したが、腰から上は無事なようだ。
どこかに無事に着地したからだろう。
(けど、そのくせやたら硬くて冷た)
固く閉じたはずの目。
それが見開かれた時、瞳孔が伸びる。
(なんだ、コレ)
コレ。
それは僅かな文字で言い切れるモノではなかった。
黒い。
暗闇にいるはずが、ソレは黒く浮かんでいる。
のっぺらと顔がないように見えた。
顔は分からないが、頭の輪郭は嫌でも目に映った。
角のような突起が剥き出しだ。
(悪魔…いや、鬼?)
屋敷の図書室で見た空想上の半身的存在を彷彿とさせた。
しかし、
(違う)
コレはその手の類ではない。
悪魔のような翼はなく、鬼のような爪と牙もない。
代わりに生えるのは金属の質感を帯びた腕。
しっかりとルネとリオを抱え、大地に片膝をついて支えている。
「あ…りガッ」
二人の体は地面に不時着した。
「リオ…」
唐突に放り出した黒い存在に文句を言いそびれた。
リオは姉の肩を支えて上体だけを起こした。
「気がついたんだ」
「ええ…ですが、一体…」
突然の出来事にルネもわけが分からない様子だった。
「僕にもどうしてなのか分からない。だけど」
ふと、ルネの視線が無作法な影の塊に吸い寄せられた。
ソレは双子に背を向けていたため、顔立ちは判別しかねた。
少なくとも、長身の上半身の大きさから甲冑が頭に浮かんだ。
まだ人力と拙い歯車の時代の防人。
しかし彼らの武具にしては無骨で、無機物な質感がする。
(鎧とも違う。少なくとも、僕や姉さん…ファフナーに近い。けど、どれも違う)
むしろアンバー博士に似ている。
腕に温もりはないが。
「…ありがとう…ございます」
薄い桜色の唇がか細い声を紡ぎ出す。
「助けてくださったのですね。感謝致します」
闇より濃い甲冑は背を向けたまま。
振り返るばかりか、応じる声もない。
(喋れないのか? まさか電子頭脳のないドロイドとか)
唐突に甲冑は腰を僅かに落とした。
右腕が地面と水平に伸び、
「え…」
隣でか細い声が溢れた。
「どうしたんだよ、姉さ」
リオの目が釘付けになる。
屋敷の壁から屋根、天井、床が損壊し、地下深くへ砂塵が舞う。
その中に紛れて散るのは、
(煤?)
意識を持ったように舞い散るのは、景気よく燃えた炭から吐き出される黒い煤そのもの。
大気中を弾むように甲冑の腕に纏わり付き、手首から手の甲に集まった。
(なにか…出てくる)
煤は細長く象られ、輪郭に沿って赤く燃え上がり、焼け溶けた鉄のように揺らぐと火花が弾け飛んだ。
(あれは…)
火花が止み、燃える輝きが失せ、煤が消えると代わりに現れた。
手首から伸び、手の甲を隠し、指先よりも長い鋭利な切っ先。
(刃…?)
漆黒の刃だった。
甲冑の両足が肩幅まで前後に広がる。
身を低くしたのも束の間、踏み締めていた大地が削られた。
跳躍。
次は咆哮。
聞き覚えのありすぎる声だった。
「まさか」
「離れて!」
頭によぎった者の名を呼ぶ前に、ルネの細い腕に引き寄せられた。
土煙。
霞む視界。
リオはありったけの動力を用いて視界に視線を走らせた。
熱探知は異なる大きさの二者を捉えていた。
(ファフナー)
視線の定まらない龍の背中。
御伽噺に出てくる天女の羽衣が舞うような翼。
それが不自然な形に歪んでいる。
片方は反対側に折れ、もう片方は破れるように
「や…」
切断されていた。
「や…め…」
跳躍。
走る尻尾。
殴打せんと真横に伸びた一撃は漆黒の騎士甲冑に躱された。
着地。
踏み躙るように背中へ飛び乗った。
暴れ龍はのたうち回るが、漆黒の刃は動じない。
重力から解放されたのか、斜め上へと疾駆する。
「やめ…」
最早すぐそこまで来ていた。
辿り着いた先は冠の如く角飾りの付いた頭。
胴体とを結ぶ付け根目掛けて横殴りの斬撃が
「やめ、ろ」
『何があっても、どこにいても』
『あなた達はずっと変わらないわ』
落下。
墜落し、大地にめり込む。
羽衣めいた翼を纏う長い胴体。
角飾りを生やし、牙を剥く頭。
その二つとも彼の家族だ。
間に降り立つ漆黒の鎧も、今や仕留めた標的を見ていない。
フルフェイスのマスクは双子を向いていた。
黒兜に銀の格子。
鎧ばかりか首から上まで騎士そのもののデザイン。
リオは、そしてルネも気づいていた。
相手が御伽噺や伝説に出てくる騎士などではない。
鎧の背後に横たわる家族の体と、甲冑の手に握られた小さな金属板…電子頭脳が物語る。
(悪魔とか鬼なんてもんじゃない。こいつは…)
「死神」
ぽつり、と隣で呟く掠れた声。
そこには静かな昂まりが宿る。
そして、人の手で作られた子らは確信する。
甲冑兜が過去の文明の遺物ではないことも。
(こいつ…僕らと似ている。だけど)
「違う」
顔なき鎧兜は告げる。
その鎧は機械仕掛けの人型だった。
だが、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます