42話 禁断の遺産

黄金と秘薬により栄えたネーベルングは、火薬と製本技術を手中に収めた大航海時代を境に拠点をニューヨークに移している。

本家があるスウェーデンは今や『商会カンパニー』支部の一つであり、研究施設はどちらかというとデータ解析と学術資料の管理に重点が置かれ、経営陣や末端の社員達にとっては単なる歴史遺産に過ぎなかった。



地下に眠る開祖の巨人。

これこそが繁栄の根源にして守るべき秘密、封じなければならない災禍だとと知らずに。



その災禍が封印された地下空間から百五十メートル離れた高さのフロアに蘇芳は監禁されていた。

異星の異形殺しにして研究者は、瑠禰と引き離されて数時間後に目を覚ました。

目を開けたものの、視界は黒一色といっていいほど闇に包まれていた。

ゆえにあえて再び目を閉じ、瞳が暗さに慣れるように待った。

そしてまた目を開けて周囲を確認、自分の置かれた状況を認識できた。

鏡のように縦に長いプレートがいくつも張り巡らされた空間だ。

濃い木目の家具が部屋の隅ごとにそびえ立ち、滑らかな艶のあるカーテンやカーペットが豪奢な照明の下で輝く。

西洋の重厚な調度品に囲まれて、蘇芳一人が部屋の中心にいる。

そして、その蘇芳は今椅子に座らされ、両手を背もたれに、両足は椅子の脚に縛りつけられていた。

(誰もいない)

監視カメラらしき物がないか見回すが、照明以外に天井に何もなかった。

監視が要らない程に頑丈な作りだと見えた。

ウルとは連絡は取れない。

だが、じっとしている暇などない。

にもかかわらず、行動を起こす猶予を与えられなかった。

「急な訪問で満足な対応ができず、申し訳ない」

悪びれた調子のない声が、金属の擦れ合う音に続いた。

長い年月に耐えてきた蝶番が、研究所の主人の太い指に軋む。

レナード=ネーベルングは側近らしき連れを扉の前で待機させると、後ろ手で閉め出した。

「アンドロイドの小娘なら別の部屋だ。儀式には時間がかかる。それまで心身ともに充足した状態で過ごしてもらいたい」

手荒な真似をしていないことは分かった。

もっとも、それが瑠禰にとって満足のいく環境かどうかは別だが。

レナードは文机の肘掛け椅子を引き寄せると、深く腰を下ろしてもたれるように身を預けた。

慣れた姿勢であることから、ここが彼の書斎だと窺える。

「夏目蘇芳博士。君には話しておいた方が良さそうだ。私があのアンドロイドを欲しがる理由は複数ある」

「兵器開発以外に使い道があると?」

ああとレナードは懐から葉巻を取り出すと、手首を回して掌からシガーカッターを出現させた。

手品師そのものである。

だが、蘇芳は見逃さなかった。

指の間が金色に輝く瞬間、レナードの瞳が赤く発光する様を。

「全身義体の研究には着手済みだが、機械というのは魔術と相性が悪くてな…だが、異星の神から教えを受けた魔女の技術なら話は別だ。ルクレシアさえ生きていればその技術を直接聞き出すことができたのだが…」

「だから瑠禰を解体して調べると?」

葉巻を咥えたまま、翡翠色の瞳がじいっと凝視する。

そしてたちまち肩の力を抜いたようにすくめて苦笑した。

「ああ。だが、命までは取るつもりはない。なにせ貴重な魔術遺産だ。せいぜい傷つけない程度に注意して調べるつもりだ。愛する妻の遺した財産だからな…夏目博士」

ふと、ネーベルングの当主は目を細めた。

燻らせる紫煙は、惑星スカイを包んだ霧に等しい。

その中に浮かぶ巌の体躯に載った端正な顔。

口の両端が弓を形作った。

「君の恩師は素性を明かさなかったため知らないだろうが…私は妻を愛している。妻もそれは変わらない」

「なるほど」

蘇芳は気づかれないように手首を擦り合わせた。

なるべく会話を繋げるために。

「力を得る代わり、一族の者を人身御供に捧げる伝承は多い。そして、ネーベルングも例外ではない」

アンバー博士はルシアから逃げたのではない。

ルシアを生贄に捧げる未来から逃げたのだ。

「ルクレシア=ネーベルングを失ったため、異形の神は力の供給を絶たれて衰弱した。同時にネーベルングの魔術師としての力も地に落ちた。だから機構と地球が密約を結んだのを機に、支援団体として参入した。宇宙開発という名目で機構の技術を手に入れるために」

耳に心地よい詩か音楽を聴いているようにレナードは椅子の背にもたれかかって天井を見上げた。

海と見紛う紺碧の空。

金銀に散りばめられた星の中、太陽と月が向かい合う。

よくよく目を凝らせば、星同士が線で結ばれており、獣や人の形を象って見えた。

「魔力…エレメントか。アンドロイドの内燃機関は動力の枯渇に困らない。開祖の心臓に捧げれば無尽蔵に供給できるだろう」

「そして巨人は復活する。そうなればネーベルングどころか地球人の手には追えなくなる。いずれ防衛作戦部が奇襲をかけてくるぞ」

最悪の場合。

機構は必要とあらば、地球そのものを危険因子と見なす。

今頃地球各地の支局員達はコロニーに避難しているだろう。

滞在中の異星人達はシェルターへの移動を余儀なくされているはず。

代わりに現れるのは、防衛作戦部の艦隊から伸びたプラズマ砲だ。

脅威となる異形の巨人を地球ごと焼き尽くすために。

「その前に」

見透かしたように碧い瞳が覗き込む。

思念ごと、そのまま蘇芳を呑み込みかねない勢いがあった。

「巨人の足が大地を踏み締めるだろう。その手は触れずとも星の舟すら握り潰せる。もちろん、それでも機構は第二波を投じるだろう。そのままいくと戦争だな」

そうきたかと蘇芳は目を細めた。

状況が進展せずとも『商会カンパニー』に損はない。

巨人が手中にあるうちは。

「ルクレシアが消えた日」

唐突にトーンが低くして北の巨人は呟く。

「彼女がどこに向かったか知った時、私は後を追えなかった。ちょうど機構が地球に介入し、『商会カンパニー』が宇宙開発に進出した頃のことだよ」

蘇芳は思い出す。

惑星間転移装置から現れた後、身寄りのない彼女を学院アカデミーの院長が引き取った。

魔女でありながら科学者だった彼女はロボットを研究しつつ、実はルシアを救う手立てを探求していたのだろうか。

結局のところ、地球の魔女は宇宙で生活していけるほど丈夫でなかった。

惑星探査を断念し、学院アカデミーにも見切りをつけて去って行ったのだった。

自身が作り育てた双子。

それだけが唯一の救いだったのか。

「さて、そろそろ支度が終わる」

たおやかな白い外套が椅子から離れ、ドアノブに手をかけた。

寸前に、

「最後に確認しておこう。『ブラック創造主スミス』のことだが…あれを授けたのはルクレシアなのか?」

射抜く眼に魔は宿らず。

ただ、北の大地に広がる湖水が浮かんでいるだけだ。

「違う。だが、あの人は俺にとっての師だ」

「そうか」

それ以上追及しなかった。

納得のいく答えを得たとばかりに頷くと、白い大きな背中は異星の異形殺しを置いて去った。

南京錠に鍵がかかった直後、シャッターの亀裂が跡形もなく消えるような音を残した。

どこか溜め息に似ていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



蘇芳達がいる地球某所から約一万キロメートル離れた上空。

堂々たる佇まいの城に等しく、無数の戦艦が居並ぶ。

そのうちの一隻にて、居丈高な星の舟に似つかわしくない一声が。

「…で?」

で、と一言ならぬ一文字だけで皐月源治は尋ねた。

天井に頭がぶつかりそうなほど、二人部屋は狭すぎるのだ。

まして、ちょうど源治は二段ベッドの上を陣取って筋トレの真っ最中なのだ。

「『で』…とは何だ?」

簡易式のテーブルとパイプ椅子で栄養補給をしていた極月泰山。

彼と源治の体格は、防衛作戦部第十四旅団機神部隊の中でも一、二を争う。

しかし泰山の仏頂面は窮屈な部屋のせいではない。

今の源治の出で立ちだ。

なにしろ、上がランニングシャツとジャージで、下だけが軍服のズボンという異様な格好である。

招集がかけられたため、本部のトレーニングルームからそのまま直行したのだから仕方ない。

とはいえ、極月泰山はしかめっ面を我慢できない。

「何を今更…ここまでのこのこ来ておいて、愚問だな」

「愚問、だあ?」

身を乗り出すと、ベッドの脚が悲鳴にも似た軋みを上げる。

「気にならねえのか、オレらの任務。呼び出しておきながら、待ちぼうけ状態じゃねえか」

今度は頭の下で腕組みし、ジャージと軍服の重ね着ではちきれそうな足を放り出して仰向けに寝転がった。

「Code:00…それもレベルGが発令されたっつうから来てみれば、待機の丸投げ状態じゃねえか。いい加減決めてくれって話だぜ。こっから撃ち落としゃいいのか、直接出向いて撃ち落とすのか…」

「今、それを決めている最中だ」

彼らの上官であり部隊を指揮する神奈月神楽の姿はここにない。

艦のコックピットから久貴少将と共に上層部と報告連絡の真っ最中だ。

要は指示待ちである。

「まだ評議会から最終決定が下されていない。どこかの馬鹿が捕まったせいでな」

泰山もまたトレーニングルームでスパーリングをしてきたところだった。

部屋を出て行く直前、サンドバッグが破裂しながら宙を舞う瞬間を源治は目撃している。

「ったく、なにやってんだよ神楽。いい加減、どこから撃つか決めてくれって話だぜ」

「どちらにせよ撃つ気満々だな…」

溜め息を漏らしながら、泰山は惑星ラナイから流入し始めたという果物を頬張った。

黄色い皮で包まれたそれは、一本だけで朝食を賄えるほど栄養価が高いという。

食べ終わるとダストボックスに放り込み、泰山は腰を上げた。

「なんだよ、便所か?」

「武器の最終チェックだ」

廊下に出たところで戦艦の中であることに変わりない。

それでも室内に比べれたマシだ。

暇さえあれば筋トレする源治のせいで、室温が急上昇中なのだ。

「あいつも少しは私物の手入れを…む?」

踵が床に着地し損なう。

鼓膜を揺さぶる警報アラートが注意を奪ったのだ。

「…そうきたか」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



蘇芳は手探りで後ろ手に括り付けられた手を動かす。

かろうじて指を袖口へと伸ばせた。

取り出したのは、木の枝。

公園でイタカと戦っている最中に袖に入り込んだのだ。

それを躊躇わず、手枷に向ける形で握りしめた。

ゼロから金属を生成するのは不可能。だが、元からある素材ならどうか。

それも炭素を含む物体は、

(結合、開始)

大気中の二酸化炭素。

そこから分解して集まる炭素。

炭素は元素の結びつきにより、特徴が異なる物質に変化する。

ある時は非常に軟らかい黒鉛に。

またある時は、地球で最も硬いとされるダイヤモンドに。

(枝が含有する炭素。先端だけでも外からの炭素と一気に結びつければ)

一瞬だけ、手首を刺す痛みが内側へと駆け巡る。

しかし、躊躇せず貫かれて脆くなった手枷に力を加える。

硬い物に亀裂が走る様を感じとりながら、両手の拘束具を外した。

両足の枷も同じ。

もう一本の枝を反対側の袖から抜くと、痛みを堪えつつ、同じ要領で強化、その勢いを利用して足枷も破壊した。

壁に寄りかかると、今度は床に腰を下ろした。

(手首の止血はどうとでもなる。あとは地下への順路を)

唐突なブザーに思考は遮られた。

『緊急警報! 侵入者を感知! 未確認存在が侵入! 場所は守衛室から五キロの…』

口の端を吊り上げながら、喉を鳴らした。

この状況で不謹慎だと知りながら。

我が事ながら、緊張感に欠ける。

「堂々とした入場だな、神楽」

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