19話 オートマター

アンドロイド。

人が造りし人の似姿。

中でもドールは精巧なな機械仕掛けでありながら、姿見と言っていいほど人に似せた人形である。

なぜそこまで似せたのか。

これには理由がある。

「有史以来、人類は古き異形の脅威に晒されてきました」

瑠禰の薄い唇は、かつての主から伝え聞いた昔語りを紡ぐ。

「そこで二千年以上前に発達した古代文明の生き残りは宇宙へ旅立ちました。彼らの脅威から逃れるため。あるいは、より優れた技術を身につけて対抗するために。今のアメリカ大陸、欧州、アフリカ、南極、オセアニア、アジア…日本からも。それがあなた方の祖先です」

食卓の上には紫苑が用意した夕食が並んでいる。

誰も手をつけない。

スープが冷めることも構わず、兄妹は瑠禰の話に耳を傾ける。

「結果、人工太陽とコロニーが完成し、あらゆる惑星移民を受け入れる体制が整い、鎧や甲冑にエレメントを媒介とする内燃機関を組み込んだ機神マキナが誕生しました」

宙より青い深海の目が見つめる先で、機構が生んだ科学者は頷いた。

「しかし、学院アカデミーはより強い人類を生み出すことを目標にしました。つまり、死の克服です」

「それがあなた達アンドロイドとどう関係があるの?」

はい、と瑠禰は手を左胸に当てた。

「アンドロイドは限りなく人間に似せて造られました。なぜなら、人類の新たな器となるために」

「器…?」

「肉体だ」

紫苑は目を見開いた。

「お前が知らないのも無理はない。学院アカデミーにしか記録が残っていないからな。要するに、個人の人格や記憶を記録メモリー…すなわち情報データとして保存セーブし、別の肉体に転送ダウンロードする。それができれば、今ある肉体が滅びても、次の新しい肉体に移し替え可能…これを延々と繰り返すわけだ」

『蛇の脱皮みてえなもんだな』

ようやくウルも口を開いた。

瑠禰は相槌を打つ。

「やはりご存知だったのですね」

学院アカデミーの人間なら誰でも公文書アーカイブを閲覧できる。それに、半世紀前そのプロジェクトの責任者だったのはアンバー博士だ。そしてお前だ。そのプロジェクトで開発されたアンドロイドは」

「オートマターです」

瑠禰は溜め息をついた。

疲労ではなく、安堵に近い。

「自ら思考し、行動する自動人形。当然ですね。中身が人間ですから」

「でも、それなら…」

紫苑は目の前に座る少女を、長い黒髪から前髪越しに覗く白い頰や襟元の首まであらためて眺める。

「そうです、紫苑さん。私は元々人間でした。璃緒も同じです。この子は覚えていないけれど」

姉から目を逸らせず、口も閉じられず、璃緒はその場に縫い付けられたように固まった。

(僕が…人間?)

金縛りにあったように動けない璃緒の目を同じ青い瞳が受けて応える。

「騙すつもりはありませんでした。ですが、言うのが今更なら隠していたも同然です。ごめんなさい、璃緒」

謝られても、とフォローすることすらできない。

「それは…どうせ、アンバー博士に言われたからだろ?」

何度も聞かされた気分で、何度も復唱してきたように呟く。

瑠禰は賢い。

ゆえに、アンバー博士から秘密の頼まれごとを承諾し、人知れず実行することが多かった。

落雷が近づくたび、ファフナーを空へ見回りさせる時も。

野生の狼が羊の群れを取り囲もうとした時期も、こっそりアンバー博士が練った作戦どおり瑠禰は罠用のベーコンを大量に取り寄せた。

さもないと、璃緒とファフナーがつまみ食いするからだ。

(きっと、理由があってしたんだ)

だから璃緒は促した。

黙っていたことを責めても仕方ない。

アンバー博士が生きていたら思いっきり責めるが、瑠禰は命令を実行しただけだ。

アンドロイドであり、使用人なら当たり前だろう。

「ほら、僕なら怒ってない。っていうか怒らないし。全部話してよ。まだ僕らが人間だった頃のこと」

頷く瑠禰は薄紅色の唇を引いた。






瑠禰と璃緒は物心ついた頃から孤児だった。

姉弟は機構統治下にあるコロニー第二百十八区へと漂流した。

そこは当時最も新しい区域だったが、中枢から程遠いのをいいことに、惑星難民や貧民、犯罪者、ならず者などがひしめき合っていた。

いわば、貧民街スラムである。

「それでもマシな方でした。雨風を凌げる場所ばかりか、大勢の孤児を集めて仕事と寝食を与えてくださる方がいましたから」

双子は工場主に拾われた。

瑠禰は繊維工場で作業着の縫製を担当し、日替わりで食堂に立ち、調理、配膳、清掃も任された。

「おかげで今の仕事に役立てています」

一方、璃緒は製鉄所で宇宙艇やホバークラフトの部品作りに務めた。

そして、隙を作って廃棄物処理場で要らなくなったパーツを集めて独自のスピーダーバイクを作り、同じく廃棄された部品を見つけては綺麗に磨き上げて売ったり、あるいはバイクで届けたりして副業していた。

「機械いじりはその頃から得意だったんだね」

笑みが広がっていく璃緒の顔を蘇芳は見つめた。

おそらく、埃っぽく薄暗い工場の中で工具と部品に鼻を突っ込む璃緒の姿を見たかったにちがいない。

そんな蘇芳の表情を、紫苑は目を細めて見守った。

(子どもの頃を思い出したのね)

だが同時に、蘇芳の表情は険しい。

その後の展開が予測できていたのだ。

「璃緒の行為は工場主どころか、同じ班で働く子供達や廃品回収業者の反感を買いました。彼らは乱暴しない代わりに、機構の産業技術管理局に告発しました。廃棄物の持ち出しと違法改造、そして無免許運転の罪で」

「無免許? ってか、違法改造って…」

嘘だろ、と言わんばかりの璃緒の目を見たまま瑠禰は首を横に振った。

間違いなく真実なのだ。

「私もそれくらい問題ないと思ってまいました。だから」

瑠禰の口から漏れたのだろう。

「腕はともかく、好ましくない結果になったな」

蘇芳は目を閉じた。

手先が起用だろうと素人だ。

たとえ既製品並の品質だったとしても、許可と資格もなく、それも機構の定めた工業規格もないなら、不良品となんら変わりない。

たとえ作った当人にエンジニアとしての素晴らしい適性があったとしても。

「黙秘していた私も捕まりました。工場を解雇され、私達は路頭に迷い、餓死寸前でした」

「そしてアンバー博士に会ったのね」

アンドロイドの研究開発に携わっていた女性科学者は、息倒れていた双子を発見した。

そして二人から了承を得ることなく、人間の子ども二人をアンドロイドに作り変えた。

オートマター計画の一環として。

蘇芳は肘をついたまま溜め息をつく。

機構にしてもうまい話だろう。

生身の人間を扱う実験だ。

親も故郷もなく、逮捕された子ども二人なら、何かあっても訴えられない。

体良ていよく利用されたとは考えなかったのか?」

「ええ、初めは警戒しました」

瑠禰の目がそっと覆いかぶさるまつ毛に伏せられた。

「目が覚めて助かったと思ったら、人間ではなくなっていたのですから。それ以前に如何わしい白衣の大人達が私と璃緒を囲んで…ですが、アンバー博士は違っていました」

初めて会ったのがついさっきのことのように。

金の前髪越しに映る青い目は晴れ晴れとしていた。

銀髪の少年もその表情を見つめる。

まだ驚いたままだが、アンバー博士の名を聞いたのか、目と口元を和らげていた。

「アンバー博士は言いました。姿は変わらないけど、あなた達は不死身じゃない。それに気になるなら年齢に合わせて体を大人の物にもできると」

それどころか、アンバー博士の住まいである惑星スカイに来るよう誘った。

いずれ彼女はコロニーを離れる。

人間だった頃に培った技術を生かして、双子には屋敷の家事や設備の管理をしてほしい。

どこか旅に出たいならそれもいい。

定期的に帰ってきて、旅費を稼ぐつもりで屋敷の管理を請け負ってほしい。

その時は寝食も共にしたい、と。

聡明な女性科学者は、ただ双子を雇いたあのではなく、一緒に暮らしたかったのだ。

「だから決めました。博士の星に住まわせてほしいと。もう機構にもコロニーにもいるつもりはなかったので。それにアンバー博士の考え方が好きでした」

「考え方って?」

首を傾げる紫苑に向けて、瑠禰はキッパリと告げた。

「マイペースなところです」

「分かる気する」

璃緒は思い出したように苦笑する。

「口喧嘩で勝てたことないからなあ。あと強引なところも。あれはまさに天上天下唯我独尊ってヤツだったよな」

吹き出しながら相槌を打つ璃緒の言葉を、蘇芳は黙って聞き届けた。

見たこともない光景を脳裏に浮かべながら。

処理しきれない最下層コロニーの光化学スモッグが漂う空。

雨の水分を含んでかび臭い壁を背景に粉塵飛び交うプレス機。

湿って平らになった布団と乾いた皿。

重金属酸性雨が降りしきり、極彩色のネオンが届かない路地裏で人目を避けるように身を縮こませる二つの影。

(どっちもどっちか)

アンバー博士がしたことは人体実験である。

結果的に双子が幸せだったとしても。

だが彼女に発見されなかったとして、双子が今と同等の安定した生活を得られたかどうか。

そもそも、自分に他人の幸福と満足を査定できるのか。

推し量る権利があるのか。

「私も感謝しています。生みの親に関する記憶はなくても、私達にとってアンバー博士が産みの親ですから」

「お母さん、だね」

ふっ、と紫苑も肩を撫で下ろしたように顔を緩めた。

「ええ、だから惑星スカイは私と璃緒の故郷でもあります。あなた達の祖先にとっての、母なる地球です」




「まだ疑問は残っている」

蘇芳は肘を食卓から離した。

腹の前で腕を組み、瑠禰を見据えたままモニターのウルに声を投げかけた。

「解析できたか?」

「え、解析って…」

おう、とやたら威勢の良い掛け声が応じた。

『お前さんの言うとおりだ。読み取ったコードを演算にかけたら術式が分かった。治癒の類だぜ』

危うく紫苑はスープを器からこぼすところだった。

それでも食卓からモニターに映る数字の羅列は視界に入った。

同時に、動画に映し出される瑠禰と蘇芳の様子も。二階の研究室で撮られた光景だ。

「でも、瑠禰は」

「アンドロイドは機械だ。動力源はエレメントだが、それ自体を変化させることはできない。つまり、魔術を行うことも不可能だ」

エレメントは生体…すなわち、有機物の肉体を持つ人間や異形などが操ることができる物質だ。

ゆえに、アンドロイドは外界からエレメントを引き寄せて内側のエレメントと反応させる魔術を行使できない。

「元の瑠禰は人間だ。そして生身だった頃の記憶や人格はアンバー博士の技術でデジタライズして機械の体に宿っている。魔術というのは魂に刻まれる。つまり」

赤みのかかった瞳が見つめる先。

それは青い瞳の少女とぶつかった。

「蘇芳博士の仰るとおりです」

瑠禰は隠そうともせず、頷いた。

「アンバー博士は私にあらゆる知識や技術を学習させました。地球の地理歴史や言語、法律や社会情勢は言うに及ばず、数学や物理、化学、情報工学、機械工学、地質学、気象学、天文学、医学、建築…すでに廃れたはずの錬金術も含めて、

「それって」

言いかけた紫苑の声にそっと被せるように瑠禰は頷いた。

「アンバー博士は魔女です。博士は私の主人マスターであると同時に、魔術の師匠マスターでした」

『お前も知ってたクチか、蘇芳』

モニターから届いた声の調子はいつもと変わらない。

ドット絵のキャラクターに表情はないが、視線は彼の主人にして相棒にのみ向けられている。

「言ったところでどうなる」

蘇芳は身じろぎ一つしない。

「魔術は禁忌。それを扱う魔術師は機構の敵だ。例外はあるが、アンバー博士は嫌というほど熟知していた。だから秘匿した。いずれ」




轟音。

地下の天井が、つまり一階の床に穴が空くほどの衝撃。

隙間から微かに落ちる埃や塵を払おうとせず、璃緒は少女に覆いかぶさる姿勢でテーブルの下に潜り込んだ。

「なに今の…まさか、地震?!」

『いや、外はなんともねえ! 問題は二階だ!』

蘇芳は頭上を睨んだ。

どうやらお目覚めらしい。

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