45話 巨人の要塞
星間機構防衛作戦部の艦隊。
そのうち一隻が第十四旅団の戦艦だ。
今、旅団を束ねる久貴少将の執務室には彼の補佐である神奈月少佐がそばに控えている。
デスク越しに向かい合うのは白銀の甲冑ドレスを纏った金髪の女性。
銀髪に紺のフォーマルウェアで全身を包んだ小柄な少年もいる。
ルシアと璃緒、二人の存在はすでに作戦部でも知れ渡っていた。
そして双方の間には壁面に埋め込まれた巨大スクリーン。
浮かぶのは三人の男女。
清潔そうなセパレート式の白衣を羽織った優男そうな長身。
機構の職員らしい制服とベレー帽が特徴の女性は少女の面影が残る顔立ち。
二人に挟まれた薄汚い白衣の中年男が
この面子の中で一番冴えない容姿だ。
もっとも、彼こそが実質的には力を一番有している存在である。
軍や議会にも影響力を持つ秋葉原の名前も出されたことで、第十四旅団の戦艦は、地球の魔術師の娘とアンドロイドの少年を容易く招いた。
こうして軍の上官二人に謁見を許されたのである。
自己紹介の後、直ちにルシアは状況を説明した。
「巨人の封印。それができるのはネーベルングの魔女の弟子だけなのです。しかし『
瑠禰を確保した今となっては、残るは儀式の実行のみとなった。
「巨人を殺すのは容易でない、と」
「仕留めるなら一撃でなければなりません。さもないと、かの眷属は彼らの主人を招き寄せるか、他の旧支配者を目覚めせるでしょう。それが海底か地底か、あるいは宇宙からか分かりません。異次元の出入りなど容易です」
相手が最高司令官に近い存在だとしても言葉に躊躇はなかった。
しかしそのストレートな発言に久貴少将も神楽も冗談なではないことを理解していた。
『まったく』
吐き捨てるような声がスクリーンで鼻を鳴らした。
『聞いたかね、二人とも。身内贔屓とはこのことだな。なんとかしたい。だが、手荒な真似はよせときたものだ』
だが、秋葉原も承知していた。
あれが人間の触れていいものではないことなど。
あれは心臓のある厄災なのだ。
現に、
『お言葉だがね、お姫様。アレの脅威を少なくとも我々のご先祖達も一度となく経験している。簡単に死ねんことなど分かっておる』
「では、秋葉原博士。あなたの見解を聞きたい」
久貴少将は椅子ごと姿勢を変えてスクリーンに向き直る。
「どうすればいいかと?」
『どうすれば、だと? 決まっているだろう。異次元にお帰りいただくまでだ。惑星転移装置の中に押し込め。地球から数十億光年離れた場所に送る』
「ですが」
いったん口をつぐむが、すぐ神無月少佐は問いただす。
「巨人が地球圏からいなくなれば、新たな問題も浮上するはずです。巨人の存在で抑えつけられていたモノ達が活発化する可能性がある。そのことも博士はとうに承知のはずでは」
『だからどうしたかね?』
きつく結んだルシアの目。
涼しい色が輪郭を狭めている。
ちょうど神楽の背中を貫いてスクリーンの人物に視線を注いでいるのだ。
殺気を受けながら神楽は言わんとしていることを告げた。
「今後地球各地で
『知・る・か』
爪で弾くようなイントネーションをつけて秋葉原は一蹴した。
『巨人一匹に一秒足らずで地球を落とされるか。有象無象の雑魚共にじわじわ滅ぼされていくか。時間と数の問題でしかなかろう。クヨクヨ尻込みしてどうする。巨人が目覚めれば機構と無事ではすまん。そうだろう、久貴君』
無言で旅団のトップは頷いた。
「地球の次は我が艦隊。それも現実だぞ、神無月少佐」
神楽は反論しなかった。
ほぼ上官の中で方針が纏まりつつあるからだ。
神楽自身、これまでも似たような選択を幾度となく迫られた。
選択肢はいつだって一つ。
一を殺して十を救う。
リスクの少ない方を選びたいからだ。
だが、
「ミズ・ネーベルング。地球の未来に関わる選択肢だ。君が一介の…地球の民間人なら、こういうことを尋ねる必要はない。地球の各地政府機関のトップと機構の議会とで話し合いに持っていく。だが…ネーベルングの存在を彼らは無視できない」
世界経済ばかりではない。
各国の政治や軍備にも食い込み、古くから魔術と科学で人外を制してきた。
なにより、巨人を眠らせる手法も彼らしか為し得ない。
だから、そしてしかし、神楽は問う。
「君は『
ふと、ルシアは胸元から銀の得物を取り出した。
一瞬その場にいた一堂は身構えた。
璃緒は銃を出すべきか、夋巡した。
出したところで誰に向ける。
(巨人を地球から追い出せるならそうしたい。だけどそれじゃ、地球も…地球の人達だって)
璃緒に地球人の友などいない。
いたとしたら、すでに死したアンバー博士くらいだ。
だとしても、巨人が目覚めれば。
(本当にみんななくなるのか? 姉さんと買い物したお店も、カラクリ時計を見たアーケードも、ピザ屋も、紫苑達がいた市庁舎も)
生まれて初めて見た、ガラス窓越しの青空。
電車の高架トンネルから続く、枯れ葉舞い散る公園。
蘇芳と地質調査に巡った山間部の緑。
シアトル系コーヒーチェーン店から漂う琥珀色の香り。
全て消えるのか。
どうやって。
あの巨人はどうやって消すのか。
「ルシアさん」
璃緒の手はルシアに伸びようとした。
だが、ルシアは取り出した銀の刃を見せるだけ。
それは普段使い慣れているダーツやナイフの類ではない。
「『
切りそろえた金の襟足越しにうなじが覗いた。
一礼する様は王侯貴族というよりも、膝の前に合わせた両手からして武家の姫君さながらか。
「そのためにも、攻撃を中止してください」
「交渉成立だね」
笑いかけた神楽は上官に目配せした。
その様子が気に入らないのか、秋葉原はまた鼻を鳴らした。
「じゃ、じゃあ」
璃緒の肩に置かれた手は分厚く堅いながらも熱い。
「よかったね、璃緒」
モニターに浮かぶ紫苑の手がきつく眺められている。
その意味を璃緒は分かっている。
必ず家族を連れて帰る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「だからって…なんでまた追われるゆだよおっ?!」
いつまでも鳴り止まない警報。
耳をつんざくBGMを背景に、通路を突き進むルシアと璃緒。
耳元のAIが言い返した。
『文句ならあのロボット工学科のクソジジイに言えよ。けど喜べ。現在地がやっと割り出せたぜ。奴は今同じフロアの…んん?』
説明の続きは必要なかった。
白銀のグリーブが走りを止めていた。
薄い青緑の瞳が照明の下を歩く黒い人影に見入っていたのだ。
いた、と。
「先生…」
おそらく向こうも通信を受け取ったに違いない。
盗聴を避け、ネットワークを遮断され、短い間ながら聞いていなかった相棒の声だ。
わずかに目元が震えていた。
『やっと見つけたぜ、お前なあ…』
「蘇芳さん」
またしても遮られたウルがやれやれと溜め息に似た声を漏らした。
だが、邪魔はしなかった。
地球の白い姫君は飛びかかる勢いで駆け寄ると、異星から来た黒衣の研究員は拒まなかった。
ただ呆然と見つめている。
「なぜ、ここに」
「なぜって、この地下に」
璃緒は声を上げた。
曲がり角から迫り来る組織的な足音。
仲間に異変があったと気づいて駆けつけたようだ。
『ひとまずここを離れた方が良さそうだぜ。ルシアによると、地下に行ける転移装置があるとさ』
「ええ、ご案内します」
いつでも撃てるように構える璃緒の肩を引き、ルシアは先頭をきって小走りに通路を突き進む。
『どうしたよ?』
相棒の表情に気づいたらしい。
後で話すと呟き、蘇芳は二人を追った。
星間機構と連盟惑星の間には二通りの移動手段がある。
一つは、すでに地球でも一部の機関に実用化されている宇宙艇。
もう一つは、人体を情報として粒子化し、星間ネットワークを介して送る転移装置。
前者は、光速移動により外宇宙へ航行するため利用される。
例えるなら、地理的な限界を超えて広範囲でのネットワークを形成したインターネットだ。
対して後者は、企業内もしくは学校内という限られた範囲で構築されたローカルエリアネットワークである。
つまり、星間機構と強い結びつきを持つ組織機関への行き来に用いられるのだ。
連盟評議会、防衛作戦部、宇宙科学技術学院、もしくは銀河系を代表する優良企業の施設内に設置されている。
『ネーベルング商会』とて例外ではないのだ。
光輪の道が途絶えると暗転。
直後に白い空間が視界に広がった。
地球の医療施設でよく見かけるリノリウムのように滑らかで無機質。
壁そのものが発光しているかのように眩しいそれが、目的地の研究棟の内部だった。
「どうした?」
蘇芳に声をかけられ、キョロキョロと周囲を眺めていた璃緒はなんとなく口にした。
「なんかここ…
そして今、ウルに導かれた三人は薬品ケースが陳列する棚の一室で、細い通路に三人は身を潜めていた。
「二千年前、私達地球人の先祖が古きものどもの脅威に対抗するべく宇宙は旅立ちました。しかしネーベルングは巨神を封じなければならず、宙の向こうに行けなかった。だから地下に研究所を作って地球や異星のあらゆるテクノロジーを研究したのです」
「魔術と科学、双方を」
ええ、と蘇芳の言葉に北の巨人の血を引く姫君は頷いた。
「それはそうと…先にネットワークを外部から遮断するのが目的ですね」
ああ、とウルは施設の俯瞰図を蘇芳の端末から映し出した。
『あの人型生体兵器、
最深部の各部屋とそれら全てを繋ぐ通路の輪郭。
触手を伸ばした体無き存在さながらである。
『で、お前らが今いるフロアだ。ネットワークはここで管理されてる。地下三階以外にもセキュリティがガチガチだからな。当然これまでと出現する敵は全く別物だ。そうだろ、ルシア』
巨人と魔女の姫君もそのことは承知のうえだった。
『ネーベルング商会』はあらゆる産業を手を伸ばしている。
オンラインゲームを担うITアプリケーション部門や、アンドロイドなどを製造する産業ロボット部門以外にも幅広く事業を開始している。
食糧生産を司るフードエンジニアリング…要はバイオテクノロジーだ。
「父は
『おうおう、どうりで作りが
息苦しさを隠そうともしないかのようにウルは吐き捨てた。
『おおかた、ここにも実験動物がいるんだろ。もちろん純粋な実験目的のために。たとえば…侵入者の抹殺、だとかよ』
「それなら警備を人造兵器に任せずに済む」
つまり、人外以外にも潜んでいる。
蘇芳の見立てはそれだ。
蘇芳は腕時計型携帯端末から空間モニターを映し出した。
現れたのはこの研究所の俯瞰図。
地図によれば、大小異なる生体反応が浮かんだ空間がフロアごとに複数存在する。
『璃緒。お前さんの感想どおり、ここの施設は
三階の部屋と通路の輪郭があきらかになり、最奥に最も広い空間が一際目を引いた。
ここだ。
誰もが同じことを呟いた。
迎え出る者達がいるのだ。
者、といっても人ではない。
「どうりで賑やかですこと」
ルシアは足元に転がってきた
頭がなくなったとはいえ、胴体はまだ健在。
両手に抱えた光学銃からは断続的に光の矢が放たれた。
それら全てを刃で弾くと、今度は懐から飛ばしたナイフで銃口を塞いだ。
『機構の宇宙港じゃ、転移装置のそばには受付嬢がいるはずなんだけどよ』
残念そうに文句を言うウルに取り合わず、蘇芳は両手に装備した手甲からハンドガンを伸ばす。
掌に収まるそれは、次々と
璃緒もそれに倣ってドアや角の壁に潜みながら、ルシアが引きつけた敵に発砲する。
『次から次と湧いてくんのはむさ苦しいロボもどきばかりだぜ。もうちょいカワイイ子出してくれてもいいのによ』
「女の子目当てで来た客みたいな言い方に聞こえるけど」
ぼそりとツッコミを入れる璃緒に誰も取り合わない。
ウルのセリフはなかったことにされるからだ。
「無駄口はいい。計画どおりに行動しろ」
蘇芳の辛辣な命令は彼のAIにのみ向けられている。
「ゴーレムのコントロールシステムもハッキングしておけ」
相棒にして主人である男から指示が返ってくるのみ。
人であれば肩をすくめるように人工知能はため息をついてみせた。
数本のナイフが多方向から飛び出して来たゴーレムの脳を串刺しにすると、ウルは次のフロアに続く扉のロックを解除した。
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