第7話 約束 3
ディアディンは悩んだ。
ここは素直にありがとうと言わなければならないのだろうか。
しかし、それをすると、あとで、ものすごく困った立場に追いこまれそうな気がする……。
というわけで、
「礼は言うが、ジャマはするな。おびえてるぞ。その男」
「なんと言われても、ヘッチャラなんですよぉ。だって、ディアディンに貸しを作ったんですからねェ。はっはーッ。今に目にもの見せてくれる。まず、かんたんに採取できるツメと髪は必須。そのあと、だ液で、血液はどこまでしぼりとれるかなあ? ああ、それから、体に刃物を入れるかどうかは要相談で、あり? ありですか?」
くるくる踊りながら去っていった。
「バカはほっといて話をしよう。ネールが砦を去るまえ、この時計について何か言ってなかったか?」
人間だか(変人だか)バケモノだかもわからない灰色の物体にひっぱりまわされて、どんなめにあわされるかと、青年は案じていたらしい。ディアディンの顔を見て、ようやく生きた人間の顔色に戻った。
「自分は何も聞いておりません。もうしわけありません」
正規隊らしい、きまじめさで応答する。
「そうか」
落胆するディアディンを見て、青年は一瞬、口をひらきかけた。しかし、正規隊では階級の差別化がきびしい。一兵卒が上官に意見するなど、あってはならない。それで遠慮したらしい。
「今、なにか言いかけたな? 言ってみてくれ。おれの役に立つかもしれない」
「あッ、はッ——しかし……」
「早く言わないと、さっきのやつを呼びもどすぞ」
青年はただちに白状した。
「はッ。ネールが帰郷したのち、入れ違いにネールあての手紙がまいりました。自分があずかっておりますが、いかがいたしましょう」
「誰からの手紙だ?」
「あて名の文字が見づらく、判然といたしません」
「このさいだ。持ってきてくれ。手がかりがつかめるかもしれない」
「はッ」
青年は競歩みたいに廊下を歩いていって、競歩みたいに帰ってきた。手に一通の封筒を持っている。わりに大きい。しかも手渡されたとき、予想以上に重みがあった。
「変だな。ただの手紙にしては重すぎる……」
ディアディンは気になって封を切った。なかから布にくるんだ歯車が一枚でてくる。
「これは……そうか」
ネールは柱時計を自分の手で修理するつもりだったのだ。
「ネールはこの柱時計を気に入ってたんだな?」
「はッ。朝夕に話しかけておりました。自分にはわかりかねますが、いい出来のようであります」
まるで友人のように話しかけて大切にしていた。直してやるつもりだったが、急な帰郷でそれができなくなった。
「ネールの実家の住所を知ってるか?」
「知りません」
「ありがとう。もう行っていい。この歯車は、おれがあずかっておく」
青年と別れて、ディアディンは本丸四階へ急いだ。
兵士の名簿は城主の伯爵のもとで保管されている。ディアディンは親衛隊長のアトラーに名簿を見せてもらった。
そして、その日のうちに手紙を書き、文使いに頼んだ。
返事が来るか、本人が来るかと心待ちにしてたのに、返ってきたのは、思いもよらない内容の手紙だった。
次の満月の夜、ディアディンはいつもの誘いが
こういうことを告げなければならないのは損な役まわりだ。できれば、すっぽかしたいくらいだが、今でもケナゲに待ってるジイさんの気持ちを思うと、そうもいかない。
「ショ、ショウタイチョウ。三度めのマンゲツです。長老、を、なおしてください」
カタコトの人形みたいなハト時計の精(こいつは兵士の食堂にかかってるやつだろう)が迎えにきて、ディアディンはつれられていった。
長老はあいかわらず、死んだふりをしている。
「あんたは聞きたくないかもしれないが、長老。おれの言葉をよく聞いて、このまま眠りつづけるか、それとも、あきらめて起きてくるかは、あんたが決めればいい」
そう前置きして、ディアディンは本題に入った。
「あんたはネールと約束したんだな? いや、ネールがあんたに約束したんだ。あんだか動けなくなったとき、かならず自分が直してやるからと、ネールは言った。
あんたは毎日、話しかけてくれるネールを、心からの友達だと信じてた。ところが、そのあとすぐ、ネールは砦からいなくなってしまったんだ。急なことだったらしいから、あんたに別れのあいさつができたかどうかもわからない。でも、もしネールが『悪いが、あの約束は果たせなくなった』と告げていれば、あんたはあきらめがついたはずだ。ここまで強情は張らなかっただろう。
あんたは待った。ネールが来て、あんたを直してくれるのを。砦を去ったという人のウワサを聞いて、あるいはネールはウソをついたんじゃないかと考えることもあったかもしれない。が、あんたは、ネールを信じると心に固く決めていた。そういうことなんだろう?」
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