第五話 薔薇戦争

第5話 薔薇戦争 1



 月光のしずくのように美しい長姫のまえに、二人の人間が立っている。

 もちろん、長姫の眷族であるからには人ではない。魔物の化身だ。長姫の眷族にふさわしい華やかな二人だ。


 一人は赤毛に赤いドレスの美女。

 もう一人は銀色の髪に白銀のローブをまとった美女……いや、もしかしたら、こっちは美青年かもしれない。


 今度の一族は誰もかれも、男と思えば男、女と思えば女のような、それでいて、どっちであっても、ひじょうに美しいものたちだ。


 長姫のまえに立った二人は、その一族のなかでも、とびぬけて容姿にすぐれている。


「つまり、おれにこの二人のうち、どっちがより美しいか選べというのか?」


 ディアディンは困って、まわりを見まわした。

 いつもの長姫の部屋には、二人の一族が押しかけていた。室内に入りきらないで廊下にあふれている。


 やっかいな頼みごとをされてしまったものだ。


 長姫の話によると、かれらは姫の眷族の一種族だが、種族のなかで、さらに四つの家系にわかれている。

 ルビー、オレンジサファイア、シトリン、オパールの四家だ。


 数年前に四家をまとめる種族の長を決めようということになった。

 四家のなかでもっとも美しい者が長になるのがふさわしい——というところまでは、すんなり決まった。


 が、あとがいけない。

 ルビー家、オパール家の代表の二人が、甲乙つけがたく美しかったのだ。


 以来、ルビー家とオパール家は、どっちが種族長になるかでもめている。争いは日ましに激化して、近ごろ、両家は同じ種族でありながら、敵どうしのように反目しあっている。


「なんとか両家のいさかいをとりなしてください」


 というのが、長姫のたのみだ。

 しかし、そう言っているそばから、ルビー家とオパール家の家長が口ぎたなく罵りあう。


「うちの子のほうが気品があって美しい。凛としたこの気高さを見よ」

「なにを言う。ルビー家のほうが華やかで美しい。これこそ、われら種族に求められる真の姿だ」


 どっちを選んでも、けっきょく決着がつかないみたいなので、ディアディンは頭を痛めていた。


「まあ、待てよ。言いあらそっても解決しない。それより、おまえたちはほんとに、おれがこっちのほうがキレイだと言えば、納得するのか?」

「それは……まあ、このさい、第三者に決めてもらうのがいいというのは、両家とも意見が一致していますので」


 口では言っているが、それは両家がたがいに、自分の代表のほうが美しいと思っているからだ。相手のほうが選ばれれば、憤慨ふんがいするに決まっている。


「だいたい、種族の長を選ぶのに、なんで美しさでなけりゃならないんだ。強い者でも、賢い者でもいいじゃないか」


 ディアディンの疑問には、そっけない返事が返ってきた。


「われわれは美しさをもとめられて生まれてきたからです」


 そんなこと当然でしょうという顔だ。

 当然と言われても、ディアディンのほうが納得いかない。強さや賢さなら、勝負してみれば、目に見える形で決着がつく。なまじ美しさを競うから、主観がまじって判定が難しくなるのだ。


「さあ、選んでください。われらのうち、どちらが美しいか」

「ルビー家か、オパール家か」

「赤か白か」


 せっつくように、やいやい言われて、思わず本音がとびだした。


「誰が一番キレイかって、そんなの長姫に決まってるだろ!」


 一瞬、あたりが険悪に静まりかえった。そのうち両家の人間から、じっとり、にらまれて、


「そんなことはわかっています。ですが、今はわれら種族の話をしているんです」

「そうだ。そうだ。長姫は格が違うんです。何も長姫とくらべなくたって……」

「そんなことでごまかそうとしないで、早く決めてください」


 よけい、うるさくなってしまった。


 ディアディンは頭をかかえた。ほんとは耳をふさぎたいところだが、そんなことをすれば、さらに文句を言われそうなのでガマンした。


「わかった。わかった。たしかに、おまえたちはみんなキレイだ。とくにその代表の二人は、おれにもすぐには選べないほど、ものすごくキレイだ。清楚せいそな白もいいし、情熱的な赤もやっぱりいい」


 今度はおとなしくなって、ディアディンの言葉に耳をかたむけながら、ふんふんとうなずいている。

 どうやら、美しさをほめられることが、なにより嬉しいらしい。ほめられているときの彼らの顔は酔ったようにウットリしている。すっかり機嫌も直っていた。


(意外と単純なんだな)


 あつかいかたのコツがわかってきたところで、ディアディンはさぐりにでた。

 長姫の眷族はすべて何かの化身だ。今日の連中も、きっと、動物などの化身だろう。彼らの正体がわかれば、解決に役立つかもしれない。


「ところで、おまえたちの見目形が美しいのはわかった。でも、美しさにもいろいろあるじゃないか。歌姫は歌っているときこそ美しいし、舞姫はおどっていてこそ魅力的だ。姿形で優劣つけにくいなら、ほかの美点で競ってはどうだ? もちろん、姿の美しさもふくめて評価するとして。おまえたちの見ため以外の美点は?」


 すると、そくざに、

「香りですね」

「うん。香りだな」

「われらは姿の美しさとともに、香り高いことでも人間から愛されています」


 たしかに彼らの体からは、香水とは違う、とてもよい香りがする。それも、知らない香りではない。わりと身近な香りだ。


(姿がよくて、香り高く、人間に愛されてるもの——)


 ためしに手近にいたオパール家の娘(か息子)の手をとって、香りを吸いこむ。


 すると、正体がわかった。


(バラだな)


 まちがいようもなく、バラの花の香りだ。

 彼らはバラの精なのだ。どおりで美しさにこだわるはずだ。


(バラと言えば、砦では裏庭のガーデンだな。そのほかの庭は雑草と雑木しかない)


 裏庭の庭師に知りあいがあった。バラの世話をしているのは、リヒテルという若い男だ。

 あいつに話を聞いてみるかと、ディアディンは考えた。

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