第4話 星のかけら 3
「冗談じゃない。そんなこと約束にはなかったぞ。探したいんなら、おまえらで探してやれよ。おれは知らない」
「ウソですよね? こんな小さなものを前に、本気でそんなことは言いませんよね? われらのあるじが知ったら、さぞ失望するでしょう」
「………」
こういう言いかたこそ卑怯ではないだろうか。
長姫の名前をだされれば、むりにも帰るとは言いづらい。
「ムチャな頼みはしてくれるなと言っといたのに。わかった。今回かぎり、大サービスで探してやる。感謝しろよ」
「そう言ってくださると思っていました。ありがとうございます。あとでお礼を届けますから。あ、心配しなくても、あるじから受けとる約束の礼ではありませんよ。今回はわたしの願いをきいてもらうのだから、われらシルバースターの宝をおわけしましょう」
まあ、タダ働きではなさそうだ。
「じゃあ、手わけして探しましょうか。われら一族も全員で手伝います」
「探すのはいいが、キラキラ光るキレイなものってだけでは……」
「それは本当にとても美しいものだから、ひとめ見たらわかるそうです」
しょうがなく、ディアディンは迷路みたいな城内を、ともかく歩きまわった。
ディアディンのとなりにはシルバースターの女がついてくる。
「なかなか、ないものですね。キラキラなら、われらも大好きなんですが」
さんざん歩きまわったあげく、疲れて、いったん、もとの噴水の庭へ帰った。
大理石の石組みに腰かけて足を休めながら、なにげなく噴水を見ていると、水面に夜空が映っていた。
またたく星がいやにハッキリと輝いて見える。手にとって、すくいあげることさえできそうだ。
なんの気なしに手を伸ばして、ディアディンは水面をさらってみた。
すると、どうだろう。
水面に映った星が、ふんわりとディアディンの手に乗って、水から出てきた。
「そういうことか。あいつらは存在そのものが、おれの頭に酢を立たせそうにメルヘンだから、発想もメルヘンにしなければならなかったんだ」
どこからともなく子ザルたちがよってきて、ディアディンの手から星のかけらを受けとる。
「これこれ、これだと言っております」
おかげで、そのあとディアディンは噴水に入り、水びたしになって水面に映る星を集めるハメになった。
もっとも、水面を泳ぐ魚をつかまえるように、手で星をすくいあげることは、かなり楽しかった。
手のうちにころがる、ほのかにあたたかい光。
形はないのに、たしかに、そこにある。
一生、手に入れられるはずのなかったものを、今だけはつかむことができた。
いつのまにか最初の不平も忘れて、ディアディンはこの幼稚な遊びを心から楽しんだ。
「よしッ、これで最後だ。噴水に映る星はこれで全部だな」
ディアディンのひろいあげた星のかけらを、子ザルたちがせっせと組みたてて、ひとつの球ができあがっていた。ディアディンの両手になら乗せられるくらい、小さな星だ。
子ザルたち二匹が乗りこむにはちょうどいい。
だが、ディアディンが最後のひとかけを渡し、子ザルの兄がはめこんでも、まだあとひとかけらぶんのすきまがあいていた。
子ザルたちはオロオロして噴水を見る。そこには一つの星も映っていない。
二匹の子ザルは、たった一つぶんのすきまを悲しげに見つめ、わんわん泣きだしてしまった。
「ああ。こまりましたね。これではこの子たちが帰れませんよ」
困惑するシルバースターの姿が急にぼやけた。
ディアディンはベッドのなかで目をひらいた。なんとも寝ざめが悪い。
「くそッ。おれをこんな、女子どもの心痛めるようなことで悩ませるなんて! 頭に酢が! ウジが! おれがチーズのかどで頭を打って死んだら、あいつらのせいだからな」
まだ外は薄暗かった。東の空がかすかに白んできている。
ディアディンは父ゆずりの黒髪を両手でかきむしった。
だが、そのとき、ふと気づく。
外が暗いにしては、部屋のなかが明るい。
外から入る夜明けの光とは、はっきり異なる光。
ディアディンは吸いよせられるように、光のみなもとへ歩みよった。
それは子ザルたちがよじのぼろうとしていた机だ。
ディアディンが引き出しをあけると、青い光がいっぱいに満ちていた。
「ああ……見つけた」
そういえば、すっかり忘れていた。
あの井戸端でひろった、なんとも不思議なもの……。
ディアディンが星のかけらの最後のひとつを手にとったとき、まどの外で鳥のなき声がした。あの聞きおぼえのある、ガラガラ声。
まどをあけると、ひたいに星のような白い羽のあるカラスが一羽、舞いおりてきた。
「これをあのサルどもに届けてくれ。そして、もう二度と、おれの手をわずらわせるなと言ってやれ」
カラスはディアディンの手から、星のかけらをくわえて飛びさった。
まもなく、明けそめる東の空に、光の尾をひきながら昇っていく、小さな星があった。
(そういえば、いにしえの言葉で、天を旅する乗り物を、スターシップというんだった。星の船か。古代人の考えたおとぎ話だと思っていた)
おとぎ話の乗り物だから、おとぎ話のような生き物が乗りこんでいたのかもしれない。
空にのぼる青い光が、ほかの星々の光にまぎれこむまで、ディアディンは見送った。
後日、ひたいに星をもつカラスが窓辺にやってきて、約束どおり、彼らの宝をくれた。
それは光りものの好きなカラスの宝らしいガラクタだった。
ディアディンは笑って受けとり、机の引き出しに入れた。
ディアディンの引き出しには、青いビー玉がころがっている。
了
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