第5話 薔薇戦争 2



 となると、どうにかして、この場はごまかさなければならない。

 ディアディンに手をとられたまま、不安げにしている白バラの精に、ニッコリ微笑みかける。


「うん。高貴な香りだ」


 白バラはポッと頰をそめた。赤バラがムッとして、ディアディンに手をさしだしてくる。


「うんうん。あんたもいい香りだ。これは難しいな。たしかにどちらも甲乙つけがたい。しばらく待ってくれないか。次の満月のときに答えをだそう」


 バラの精たちはしょうがなさそうに、ディアディンの言葉にしたがった。


「まあ、よいでしょう。ひと月たてば、ちょうど春ですから」

「そうと決まれば出ていってくれ。おれは長姫と二人で話がしたい」


 ぞろぞろとバラたちが出ていったあと、やっとディアディンはひと息つけた。


「やつら、キレイなことはキレイだが、少し、うぬぼれがすぎやしないか?」


 長姫は笑みをかえしてきたが、なんとなくヤキモキしているように見えた。

 ほんとにディアディンが、うまく両家のケンカを調停できるのか、心配しているのだろうか?


「あんたとしては、やつらの種族長は誰でもいいから、両家の争いがおさまればいいんだろ? だったら、おれはその意思にそうように動くよ」


「はい。お願いします。われらは力の弱いものの集まり。同じ種族が争うなど、あってはなりません。われらを支配しようとする悪しきものたちにつけいられてはなりませんから」


「うん。ところで、あんたに一族はいないのか?」

「わたくしは一人です。わたくしはとても個体の少ない種族なのです」


「それじゃ種族がたえてしまうじゃないか」

「数は少ないですが、個人がとても長く生きますから」


 ディアディンはさりげなく長姫のそばに立って、匂いをかいでみた。

 やはり、この姫からも、かぐわしい香りがする。バラほど甘くはなく、涼しげで、高貴で、どこか切ないような香り。


 おそらく、この姫も花の精なのだ。

 今日のバラの精たちは、これまでのどの眷族より、長姫に近く感じた。ふんいきというか、気配そのものが。


(百花の王といわれるバラの精が、長は格が違うと言っていた。いったい、長姫はなんの花だろう?)


 知りたいような、知りたくないような心地がする。

 知れば、今、目の前にいる人の姿をした姫は消えてしまいそうな……。


「わかった。あんたの意向を聞きたかったんだ。今夜は帰るよ」

「よろしくお願いします」


 なんとなく名残惜しげに、長姫はディアディンを見る。

 ちょっとすねたような目つきを見て、とつぜん、ディアディンは気づいた。


(そうか。姫も花の精なら)


 さっきから長姫の前で、ディアディンがバラたちばかりほめそやすので、ちょっとばかりヤキモチをやいたのだと。


 ディアディンは笑って、長姫の目を見つめた。


「でも、やっぱり、あんたが一番キレイだ」


 頰をそめた長姫は、幼い少女のよう。



 *



 翌朝、昼すぎになってから、ディアディンは裏庭をたずねた。


 裏庭は城主のためだけに栽培される果実や薬草があり、つねに出入りを見張られている。いっかいの兵士が入ることは許されていない。


 だが、ディアディンは以前、裏庭で起きた事件を解決したことがあるので、特別になかへ入ることを許可されていた。

 都の貴族の館のような、きらびやかなガーデンをうろつきまわっていると、リヒテルは今もせっせとバラの世話に余念がない。


「めずらしいですね。小隊長が来るなんて。花には興味なかったんじゃ?」

「まあ、たまには」


「へえ。ほんとに、めずらしい。じゃあ、お茶にしましょうか。僕の作業を見てても、小隊長はタイクツだろうし」

「いや、いい。ふうん。もう、ツボミが来てるのか」


「ぼちぼち咲きますよ。庭師をしていて、一番、楽しみの時期ですね。今年はどんな花が咲くのか、今から楽しみで」


「バラは種類が多いんだろ? たしか、宝石みたいな名前の品種があったような……」

「あれ? よく知ってますね。この砦で改良した品種だから、あまり外には知られてないんだけど」

「……なに言ってるんだ! 前におまえが話してたんじゃないか」

「ああ……そうだったかな?」

「そうだよ」


 まさか、おまえの育ててるバラから教えてもらったんだ、とは言えない。


「で、もう一回、教えてくれ」

「いいですよ。ほら、これがルビー。名前のとおり、真っ赤な花が咲きます」

「うん」

「こっちがシトリン、黄色の大輪。これがオレンジサファイアで、この白いツボミがオパールです」


 やはり、思ったとおり、昨夜のあれはバラの精だったのだ。


 リヒテルはまだ一人で語っている。

「バラは香りがいいぶん虫もつきやすいし、病気にもかかるし、世話のやけるやつらなんですがねえ。そこがカワイイっていうか。手をかけてやればやるほど、きれいな花を咲かせてくれますからねえ」


 ディアディンは昨日のバラの精たちを思いだして苦笑した。


「かなり、たくさん本数があるんだな」

「さし木でふやしましたから」

「じゃあ、一つの品種は、もともとは一本の木か」

「そうです」


「ふうん。バラの家族だ」

「まあ、そんなとこです。ほんとは新しい品種も配合してみたいんですけどね。どうしてなんだか、ここの庭ではピンクのバラが咲かないんですよ。何度かけあわせてもタネにならなかったり、うまく苗になってくれなかったり、かれてしまったり……」


 バラの精たちが赤と白で反目しあっているからだ。


「なあ、リヒテル。おまえはどの品種が一番キレイだと思う?」

「むずかしいなあ」


 リヒテルは栗色の髪がドロだらけになるのもかまわず、かきまわした。


「やっぱり、ルビーかなあ。赤はバラらしいバラだし、でも、華やかななかにも奥ゆかしさのあるオパールもすてがたいし……シトリンやオレンジサファイアにも、それぞれ、いいところが。でも、そうだな。今年こそ、ルビーとオパールのかけあわせがうまくいって、かわいいピンクの花が咲いたら、それが一番、嬉しい」


「……おまえの言葉なら、やつらも納得するだろう」

「えっ? 何が?」

「いや。ジャマして悪かった」


 リヒテルは首をかしげている。


 が、このあと、どうやって話を運んでいくのかという考えで、ディアディンの頭のなかはいっぱいだ。

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