第5話 薔薇戦争 3



 さて、次の満月が来た。


「さあ、今夜こそ、どちらが美しいか、決めてくださるのでしょうね?」


 長姫の前につれだされ、両側からつめよられる。


「まあまあ、キレイな顔してにらむなよ。どうだろう。しばらく個別に両家と話してみたいんだが」

「いいでしょう。こちらへ来てください」


 ルビー家のほうが少しばかり気性が激しいらしく、オパール家が口をだす前に、さらうようにしてディアディンをつれていく。

 一家の住居らしき赤い部屋に入れられた。壁から絨毯じゅうたんから、一式、赤い。


「うちの子は美しいでしょう? もっと近くで見ていいですよ。穴があくほど見ても、非の打ちどころがないですからね」

「うん。うん。たしかに、すばらしい美女だ。ビロードのような赤い髪。シルクのような肌——」


 それから、たっぷり三十分も、ディアディンはほめ続けた。人間なら、うさんくさく思うほど大げさなお世辞でも、精霊たちは喜んで聞いている。

 代表の娘がウットリとなったところで、そっと耳もとでささやいてみる。


「いっそ、おれの妻にほしいな。どこかで二人きりで会えないか?」


 さて、吉とでるか、凶とでるか……。


 かたずをのんで待っていると、赤いバラの精は、ディアディンの手をにぎりしめてきた。


「あとで花びらの間に来て。あそこなら、儀式のときしか誰も来ないから」


 ディアディンがほめたときの長姫やバラの精たちの反応を見て、あんがい、いけるかなと思っていたが、うまくいった。

 バラの精たちにとって、人間に愛されることは心からの喜びなのだ。


「じゃあ、一時間後に。おれはオパール家のやつらを、てきとうにあしらってくる。明かりを消して待っててくれ。決して声をたてるな。誰かに見つかってはいけない」


 ささやきかわして、ディアディンは立ちあがった。他の赤バラたちに向かって言いわけする。


「今度はオパール家へ行ってみる。まあ、おまえたちのほうに決まったようなものだけどな」


 こう言っておけば、ルビー家の連中もしばらくはおとなしくしているだろう。


 廊下には、ディアディンをさらわれたオパール家の面々が、手ぐすねひいて待ちかまえていた。


「来た!」


 それっと、よってたかって自分たちの住居へ、ディアディンをつれていく。


「ねえ、ルビー家のやつらときたら乱暴で強引でしょう? ほんとの美しさには、やはり優雅さがある。そう思いませんか?」

「そうそう。そのとおり。おれもそう思ってたんだ。その点、おまえのとこの代表選手は、上品そのものだよ。これ以上ないほど気品がある」


 白バラの美女(のような美青年のような)をくどきたおすと、こっちもディアディンの言いなりになった。


 ディアディンはコウモリのように、たくみにウソをつき続ける。なんだか一生ぶんのウソをついた気分だ。


「これから花びらの間へ来てくれないか? 結婚しよう」


 こくんと、うなずくので、


「誰にも見つからないように、明かりを持たずに来てくれ。なかへ入っても声をだすなよ」


 すばやく耳うちして立ちあがる。


「おれはおまえたちのほうに決めようと思う。でも、いきなり、長姫の前で告げられたら、ルビー家も面目がないだろう。今から伝えてくるから、少しのあいだ待っててくれ」


 上機嫌の白バラたちの前から脱出すると、あとは暗がりをもとめて脱走をはかる。

 物置らしい小さな部屋をみつけて、もぐりこんだ。妙に甘い香りのする、壁も床もネバネバの変な部屋だが、このさいゼイタクは言っていられない。


(なにしろ、子どもみたいな連中だからな。だまされたと知ったらどうするだろう?)


 二十分たち、三十分たつと、小隊長は遅いじゃないかと、さすがにバラの精たちはさわぎだした。

 白バラと赤バラのどっちなのか、かくれているディアディンには知りようもないが、小隊長を返せと訴えている。


「なにを言うか。小隊長はおまえたちのところだろう? おまえたちこそ、早く返さないか。小隊長は、うちの子に決めたと言ったんだ」


「小隊長はわれらのほうに決めたから、おまえたちに断ってくるとおっしゃったんだぞ。変な言いがかりをつけないでくれ」


「変なことを言ってるのはおまえたちだ。われらがウソをついてるとでもいうのか?」

「そうだ。おまえたちはウソつきだ」

「なに! われらを侮辱すると許さないぞ」

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