第5話 薔薇戦争 4
決闘だとかなんとか、ぶっそうな成り行きになってくる。他家のバラが
「まあ待て。とにかく小隊長をさがそう」
手わけして、あちこち探しだすので、ディアディンは冷や汗をかいた。
息をひそめていると、ついに入口の扉がひらいて、明かりをさしつけられる。かなり乱暴に、ディアディンはひっぱりだされた。
「ああッ、なんてことですか。よりによって、ごほうびの間に隠れるなんて。ここは運び屋たちにあげる、ごほうびの貯蔵室なんです」
「ごほうびだかなんだか知らないが、体じゅうベタベタだ」
「運び屋の大好物なのに……もったいない」
「どうしてこんなヒドイことするんですか? ごほうびはムダにする。われわれをだまして隠れてる。まさか、われらに約束したことまでウソではないでしょうね? たしかに、うちの子のほうがキレイだと言ってくださるのでしょう?」
「美しいのは、うちのほうだ。ねえ、小隊長? そう言ってくれると約束しましたよね?」
壁ぎわに追いつめられて、今度こそ逃げ場がない。
そのとき、やっと、ディアディンの待ちのぞんでいた声が届いた。
「……悲鳴が聞こえたような」
「花びらの間からだ」
ぞろぞろとバラの精たちが移動していく。
ディアディンはホッと胸をなでおろす。バラの精たちに最後尾からついていった。
花びらの間に近づいていくと、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
一同がなかへ入ると、当然そこには、ルビー家とオパール家の二人が。
困惑顔の二人のあいだには、可愛いローズピンクの髪の赤ん坊が……。
「なんだ、おまえたち。さては花粉の間から花粉を持ちだしたな? 他家のやつに花粉を使うなんて、おろかなことを」
「ルビー家の血をひく子どもなんて、どうする気だ」
「それはこっちのセリフだ。オパール家の血をひく子どもなんて!」
両家はいがみあいを始めるが、愛情に満ちたひとときをすごした二人は、おたがいのことが、まんざらでもなくなっているらしい。
「小隊長だと思って気をゆるしていたので」
「でも、もう……ねえ」
「うん」
などと言って、たがいを見つめあっている。
ディアディンは両家のあいだに調停に入った。
「まあ、聞いてくれ。両家の婚姻を望んでいる人間がいるんだ。というのも、リヒテルが——」
リヒテルの名前をだしたとたん、バラの精たちのあいだにざわめきが広がった。
「おお、リヒテル」
「リヒテルだって」
「リヒテルはいいやつだ」
「いつも、キレイだねって、ほめてくれるし」
「悪しきものが寄ってこないように、魔よけの霧吹きもしてくれるしね」
「嵐がきたら守ってくれるし」
「毎日、おいしい水をくれるしねえ」
「リヒテルほど信頼できる人間はいない」
「リヒテルが一番」
さすがにリヒテルの人気は高い。
バラの精たちのあいだでは神にも等しい。
そこで、ディアディンは
「リヒテルが言うには、ルビー家もオパール家も、シトリン家もオレンジサファイア家も、それぞれ個性があって、みんな大好きだ。だが、そこにピンクの髪の新しい家系ができたら、これほど嬉しいことはない。つまり、ピンクの子が一番だと」
バラの精たちはたがいの顔を見まわした。そののち、生まれたての小さな精霊をながめる。
「……リヒテルが言うなら、しかたない」
「うむ。なにしろ、リヒテルだから」
ルビー家、オパール家の家長はため息をつき、たがいの手をにぎった。
「本日ただいまより、両家のあいだの垣根をとりはらい」
「若い二人の結婚をみとめ」
と、そこで、二人の声がそろう。
「新たに生まれた幼子を、われらが種族の長とする」
わあっと歓声があがり、拍手がわきおこった。
「婚礼のしたくだ!」
「今夜は
またたくまに
「小隊長が運び屋だ。ごほうびはお礼にさしあげますよ」
おかげで目覚めたとき、ディアディンは体じゅうが花の蜜だらけだった。ネバネバのゴワゴワに涙をのんで、頭から水をかぶり、布団も一式、洗濯した。もしかしたら、バラの精たちをだました罰だったのかもしれない。
それから少し経って、これはその翌年のこと。
リヒテルが赤バラと白バラの配合に成功した。小さな苗は、すくすくと育っている。きっと近い将来、かわいいピンクの花を咲かせるだろう。
了
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