第六話 審理の門
第6話 審理の門 1
「ニョロです」
「ムニョロです」
「ウニョロです」
目の前にならんだ三人を見て、ディアディンは言葉を失った。
いつものように満月の誘いを受けて、長姫の部屋へ来たはいいが、また、おかしなことをたのまれてしまった。
長姫の
たとえば、ハツカネズミの精は、全身が白いアルビノ。シルバースター族は、ひたいに星のような白い羽毛のあるカラス——といったように、種族の外見が統一されていて、人間に化身しても、それは変わらない。
同じ一族の者は、やはり同一の身体的特徴をもって、顔形も似ている。
しかし、それにしても、いま目の前にいる三人は、まったく見わけがつかない。瓜二つ——いや、瓜三つだ。
この一族もアルビノだが、小柄で丸っこいスノーホワイトと違って、すらりと背が高く、細身で、動きに独特のしなるような柔軟性がある。
長姫たちが悪しきものと呼ぶ、邪悪な魔物の気配はないものの、少しばかり——あくまで少し、ディアディンは苦手な気がした。
「おや、小隊長はわれらが苦手なんですねえ」
「うんうん。そういう人間は多いから」
「べつに、かんだりしないのに」
声をそろえる三人を見て、ディアディンは長姫に訴えた。
「ムリだ。いくらなんでも、このなかから一人だけニセ者をえらべだなんて」
「ああ、やっぱり、小隊長にもムリですか」
「もしかしたらと思ったのに」
「ねえ」
答えたのはもちろん長姫ではない。やたらニョロニョロした名前の三人だ。
「だいたい、なんだって、こんなことになったんだ?」
「ああ、それはですねえ」
かわるがわる、三人が話してくれたところによると、こうだ。
彼らはもともと双子だった。親兄弟でも区別がつかないほどよく似ていた。
ところが、ある朝めざめてみると、なんと双子が三つ子になっていた。
そのうち一人がニセ者だということはハッキリしているのだが、どうしても、それが誰なのか見わけられない。
両親はもちろん、親せき、友人、恋人、誰にもわからない。本人たちにさえ、わからない。
それで困って、ディアディンに相談することになった。
「ちょっと待て。おれに相談しなくたって、名前でわかるだろ? とつぜん三人めが現れる前から、双子には名前がついてたはずだ」
「それはそうなんですけど、思いだせないんです。僕は絶対、本物ですから、ニョロは正しいんです。けど、もう一人がムニョロだったか、ウニョロだったか……」
「なにを言うんだ。僕だって本物だ」
「いいや。僕が本物なんだ。だいたい双子らしいっていうなら、ムニョロとウニョロじゃないか。ニョロだけ仲間ハズレだ。ニョロが本物だなんて、どうして言えるんだ」
「ムニョロニョロって言うじゃないか。なら、ニョロとムニョロが本物だろ?」
「ムニョロニョロというくらいなら、ウニョロニョロだろ? ムニョロとはかぎらないよ」
わけがわからない。
「もういいから、ニョロニョロ言うのはやめてくれ。ますます頭がこんがらがる」
「ニョロニョロなんて言ってませんよ」
「ニョロニョロは僕らの父の名です」
「ちなみに母はニョロリ」
ディアディンは両手で耳をふさいだ。これ以上、ニョロニョロは聞きたくない。
(こいつら、ミミズかウナギの化身だな? ニョロニョロ、ニョロニョロ言いやがって)
深呼吸して、気持ちをおちつける。
「それで、見わけるための手段はないのか? 双子にだけできる特技とか」
「そんなものありません。自分で言うのはサミシイですが、僕ら、平凡なんです」
「双子にだけ共通する思い出とか」
「それが、いくら話しあっても、双子の知ってることは、三人とも知ってるんですねえ」
「まさかと思うが、おまえたち、最初からそういう種族なんじゃないのか? ある日、とつぜん、分裂して増えるとか」
三人は
「そんなバカなこと、あるわけないじゃないですか!」
「僕たちだって、ちゃんと卵から生まれてきます」
「小隊長、非常識ですよ」
現に三匹に増えてるくせに、非常識も何もない。第一、人間は卵からは生まれない。
「ああ、もう。わかったから、やいやい言わないでくれ。それでけっきょく、二人が三人になって、困ることがあるのか?」
「今のところないですねえ」
「僕ら、気があうし」
「二人より三人のほうが、見まわりもラクだし」
じゃあ、そのままでいいじゃないかと、ディアディンは思うのだが、
「でも、もうじき、僕ら、結婚するんですよ」
「フィアンセの名前は、ニョロラン」
「先月のパーティーで、おたがい、ひとめぼれしまして」
「美人なんですよ。ニョロランさん」
新しいニョロが出たところで、ディアディンはまたパニックだ。
「だから、ちょっと待て。どうして、おまえらは双子なのに、フィアンセは一人なんだ?」
「いやですねえ。女の子がたくさんの夫をもつのは常識じゃないですか」
「美人の女の子ほど、多くの夫をもつのはステータスですよ」
「そのほうが卵だって、たくさん生めるし」
「あ、待て、待て。聞いたことがあるぞ。人間は一人の男が何人もの女を妻にするんだって」
「うわ。野蛮」
「貞操ってものがないのか。信じられない」
本気で頭痛がする。
「……ああ、もう、おれの国じゃ、一夫一妻制だとか、反論する気もおきない。それなら、二人が三人に増えても、大差ないじゃないか。いっそ三人とも美人のニョロコと結婚しちまえよ」
「ニョロランです」
いっせいに三人が、ディアディンをにらむ。
「そうしたいところなんですが、もともと三つ子だったならともかく、急に一人ふえた双子なんて気味が悪いって、ニョロランさんが言うんです」
「誰がニセ者かわかるまで、結婚なんてできないって」
「助けてくださいよ。このままじゃ、愛しのニョロランさんと結婚できない」
おがみたおされて、ディアディンはあとずさった。
話しながら、すぐ舌をペロペロするし、彼らのことはどうも苦手だ。
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