第6話 審理の門 2



「わかった。こういうパターンは、たいてい一度、現実の世界に戻るとどうにかなるんだ。ちょっとのあいだ、待ってくれ」


 夢の世界で、にっちもさっちもいかないときは、現実世界で解決のいとぐちが見つかることが、これまでにもあった。


「そういえば、さっき、見まわりと言ってたな」

「悪しきものがナワバリに入ってこないよう、裏庭を見まわっています」

「僕ら、こう見えて戦士なんです」


 戦士なら、ミミズではあるまい——


 そう考えながら、翌日、裏庭へ行くと、彼らは蛇だった。

 あてもなく裏庭をうろつくディアディンの足もとを、わりに大きな蛇が三匹まとまって、ニョロニョロしながら通りすぎたので、すぐにわかった。


 ははぁん、こいつらかと思って見ていると、庭師のリヒテルが通りかかって、ディアディンの目線をたどった。


「ああ、そいつらは殺さないでくださいよ。大事な花の木の幹をかじったり、花を荒らす悪いネズミを食べてくれるんです。人間は襲いませんから」


 それだけ言って、忙しそうに肥料を運んでいく。


「なるほど。活躍してるじゃないか。それにしても……」


 昨夜の三人は頭のてっぺんからつまさきまで、鏡に映った一人の姿のようにそっくりだった。

 だが、本体を見れば、ひとめでニセ者がどれだかわかった。

 三匹のうち二匹は雪のような純白だが、一匹は黒かったのだ。これで、どうして他の二匹が騙されているのか、不思議なくらいだ。


「悪いが、ちょっとガマンしてくれ」


 ディアディンは、リヒテルが落としていったロープのきれはしをひろう。黒いやつの首にむすんだ。


 次の満月の夜、長姫の部屋へ行くと、例の三人が待ちかまえていた。一人は首にロープをつけられて窮屈きゅうくつそうだ。


「ちょっと、小隊長。なんでこんなことするんですか」

「ニョロがかわいそうです。すぐにこれをはずしてください」


 そうか。ニセ者はニョロか。


 ディアディンはロープをつけたままのニョロに手招きする。


「はずしてやるから、ちょっと来い」


 部屋を出て二人きりになった。


「ニョロ。おまえがニセ者だな? かくしてもムダだぞ。そのロープがニセ者のあかしだ」


 ニョロは肩をおとして観念した。


「ばれてしまいましたか。やっぱり、小隊長はすごい人ですね。そうです。私がニセ者です。双子や双子のまわりの者たちには、魔法で錯覚さっかくさせているんです」

「なぜ、そんなことを?」


 問いつめられたニョロは、悲しげにうなだれた。


「じつは、私はムニョロたちの言う悪しきものです。悪しきものと言っても、いろんな一門がおりますが、われらは人間を襲うほどの魔物ではありません。ムニョロとウニョロの種族が戦っているのが、われらの一族でして……」


「長姫の眷族をかじるヤツらだろう?」

「そうです。あれもわれらの一門です。粗暴な連中ですよ。どういうわけか、私は生まれたときから、一門のなかでは落ちこぼれでした。親でさえ、卵のうちに食べてしまえばよかったと言うしまつです。私自身も、どうしても一門になじめません。

 われらの一門ときたら、自分たちより弱い一門は、みさかいなく襲うし、一門どうしで食いあうし、暗澹あんたんたるものです。

 私はずっと、仲のよいウニョロとムニョロにあこがれていました。私も彼らの兄弟だったらよかったな、兄弟になりたいな——そればかり考えているうちに、ついに一門を裏切って、こんなことをしてしまいました。ですが、正体がバレた以上、もう、ここにはいられません。もうしわけありませんでした」


 そう言って、ニョロが立ち去ろうとするので、ディアディンは呼びとめた。


 悪しきものたちは優しい笑顔を見せながら、平気でウソをつくから、一概いちがいには言えない。

 が、どうも、このニョロすけは、ウソをついているように見えない。

 以前、絵のバケモノのときは自分の勘にさからって失敗したので、今度は勘にしたがってみることにした。


「まあ、待てよ。おまえが本気で良きものになろうとしたのなら、ここは長姫に胸のうちを明かしてみては?」

「……そうですね。ゆるしてもらえるとは思えませんが、これまでのことを謝らなければ。だまって行ってしまうのは卑怯ですね」


 というわけで、ディアディンはニョロをつれて、長姫の部屋へ戻った。

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