第6話 審理の門 3



 ディアディンが事情を説明すると、ウニョロとムニョロは二人で抱きあって泣きだした。


「そんなのウソです。ニョロは悪しきものなんかじゃありません。そうだろ? ニョロ」

「ニョロは僕らの兄弟です」


 じゃあ、最初から文句を言ってくるなよというものだが、こういうおひとよしなところが、長姫の眷族けんぞくの特徴だ。


 ニョロは二人に向かって、苦しげに頭をさげた。


「すまない。ムニョロ、ウニョロ。小隊長が言ったのは、みんな本当のことなんだ。これが真実の姿だよ」


 魔法をといたニョロは、黒髪と黒い肌に変わっていた。顔立ちもムニョロとウニョロより、だいぶ精悍せいかんだ。


「ニョロぉ……そうだったのか」

「かわいそうに。一人ぼっちでさみしかったんだねえ」


 裏切られて怒るどころか、同情している。

 こういうヤツらだ。長姫の眷族は。


「そういうことなら、審理の門をひらきましょう」


 長の威厳いげんをもって、長姫が言った。


「審理の門とは?」

「罪をおかした者や、その疑いのある者が入る裁きの門です。罪なき者は無事に帰ってこられますが、罪ある者は罰をうけます」


 長姫はニョロを真正面に見すえる。


「ここを通って無事に帰れば、あなたの心には、もはや邪悪は存在しません。わが眷族として迎え入れましょう。ですが、改心していなければ、あなたは罪の重さによって死ぬかもしれません。それでも行く覚悟が、ニョロ、あなたにありますか?」


 そくざにニョロはうけおった。

「もちろん、まいります」


 よしよし。結果はどうあれ、これでこの一件は、おれの手を離れた——


 ディアディンがそう思った瞬間に、長姫はとんでもないことを言ってくれた。


「では、ディアディンさま。あなたが審理の門の番人になってください」

「はあ?」

「ニョロのさばきの判定人として、ともに門のなかへ入っていただくのです」

「なんで、おれが……」

「心配ありません。ニョロの審理ですから、あなたの過去の罪は問われません」


 どうせ断っても、長姫に懇願こんがんされれば、けっきょく、やることになる。ディアディンは承知した。


 すると、長姫はどこからか、月光のように青く輝くランタンをとりだす。それを手に立ちあがった。めずらしく、みずから案内していく。


「さあ、こちらです」


 ムニョロ、ウニョロ、ニョロ、ディアディンの順でついていく。

 と、古めかしい飾りの扉の前についた。


「あれ、ここは……」


 ウニョロが何か言いかけたが、長姫が制した。


「ニョロ。ここへ入りなさい。あなたがここを出るときは、審理をおえて許されるときか、判定人の身に何かが起きて、審理が中断するときだけです。覚悟はいいですね?」


 おいおい、おれの身に危険があるなんて、さっきは言わなかったじゃないか。


 ディアディンの戸惑いはおかまいなしで、長姫はディアディンとニョロを扉のなかへ追いやった。扉がしめられ、かんぬきが外からかけられる。


「うーん。暗くてよく見えないが、ふつうの広間みたいだな」

「そのようですね。審理っていうのは、いつ始まるのでしょう。それとも、もう始まっているのでしょうか」


 しばらく待つが何も起こらない。

 そのかわり、目が闇になれてきた。

 タイルをはった床や壁のモザイク画。

 高い位置にあるステンドグラスの窓。

 そこから入る月の光が、床に赤や青の色模様をおとしている。

 入ってきた扉以外に出入口らしきものはない。


「うーん。ここから奥へ行かないとダメなのかな。かくし通路でもないか、しらべてみよう」


 二人で両側に散って、壁をなでまわしていた。が、そのうち、ディアディンは背後に殺気を感じた。気づかないふりをして、ようすをうかがう。

 ニョロがディアディンの背中をじっと見て、すきをねらっている。


 ディアディンはニョロに見えないよう、体のかげで剣をにぎった。

 いつでも応戦できるよう身がまえていると、とつぜん、ニョロは床に両手をついて泣きだした。


「すみません。やっぱり、私は悪しきものです。いま、小隊長を殺そうとしました」


 自分から暴露ばくろされてしまったので、ディアディンは剣から手を離した。


「なぜ、そんなことをしようとしたんだ?」


「判定人がいなくなれば、外に出られると……ムニョロとウニョロの仲間になれると思ったんです。でも、小隊長を殺しておいて、何食わぬ顔で双子の仲間になることは、やはり私にはできませんでした。そんなことをしたら、一生、私はムニョロたちの前で、自分を恥じていなければなりません。

 彼らの目にこんな自分をさらすのは心苦しいです。どうか私を殺してください。そうしたら、私は審理に失敗したのだと思われるだけで、すみますから。このごにおよんで、狡猾こうかつな手段で仲間になろうとしたと知られるより、何倍もマシです」


 ニョロの涙がモザイクのタイルをぬらすのを見て、ようやくディアディンは長姫の真意に気づいた。


(おれをペテンにかけるなんて、やってくれるな)

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