第十話 やさしい雨

第10話 やさしい雨 1



「僕たちのことをおぼえておいででしょうか」


 満月の夜の迎えが来たので、扉をあけるやいなや、にゅっと首がつきだされてきた。

 やっぱり、こいつらは微妙に苦手だなあと思いながら、ディアディンは答える。


「ああ。ウニョロだろ?」


 廊下に立った白ヘビの精は、むッと顔をしかめた。


「僕はムニョロです」

「僕がウニョロ」


 そんなこと言われても、親兄弟でも区別がつかない双子なんだから、しょうがない。

 そうでなくても、ヘビの見わけなんて、ディアディンにはつかない。

 もちろん、今は彼らも人間の姿に化身しているのだが。


「ああ……そうだったな。今日はおまえたち二人なのか? ニョロはどうした?」


 ディアディンが苦労して、彼らの仲間にしてやった、もう一匹のヘビの精の姿がない。


 もとは悪しきものだったが、良きものになったときに、黒ヘビから白ヘビにかわった。

 だから、今なら人間に化けても、ウニョロたちと同じアルビノになってるだろうと思ったのだが。


 ディアディンがたずねると、双子は泣き顔になった。

 少しばかり苦手ではあるが、気のいいヤツらではある。そういう顔をされると哀れになった。


「それなんですよ。小隊長なら、きっと助けてくれると思って……」

「お願いしますね。くわしいことは、長姫の前で話しますが」


 双子につれられていって、長姫の部屋へ行った。しかし、そこにもニョロはいない。


「ニョロがどうかしたのか?」


 ウニョロとムニョロは両側から、ディアディンのそでにとりすがってきた。


「そうなんです」

「このごろ、ニョロのようすが変なんです」


「僕らに黙って、どっか行っちゃうんですよォ」

「昼だけじゃなく、夜もなんです」


「一族のものは、ニョロが悪いことしてるんじゃないかと言いだすし」

「というのも、近ごろ、僕らの守る裏庭をあらす、悪しきものがいまして」


「仲間が何人もやられているんです。一族のみんなは、それがニョロのせいだって……」

「でも、そんなはずない! ニョロがいいヤツだってことは、僕らが知ってます。ニョロはもう悪しきものなんかじゃないんです」


 左右から交互に言われて、目で追っていたディアディンは首が疲れてしまった。


「つまり、ニョロがおまえたちに隠してる秘密をあばいて、仲間の疑いをといてほしい——そういうことだな?」

「そうなんです」

「さっすが、小隊長」


 おせじを言われたからといって、何かの足しになるわけではないが、まあ、簡単そうな依頼だ。受けてやらねばなるまい。


「それで、ニョロは今、どこに?」

「たぶん、僕らの寝室にいると思うんですけどねぇ」

「寝たふりして、僕らが眠るのを待って、どっかに行っちゃうんですよねえ」

「ともかく、行ってみよう」


 双子に案内されて、今度は彼らの寝室へむかった。


「そういえば、おまえたち、結婚するって言ってたよな。ニョロコとうまくいってるのか?」

「ニョロランです! ニョロコじゃありません」

「まったく、どうして、こんなカンタンなこと、まちがえるんだろう」

「小隊長はおぼえる気がないんだ」


 ぶつぶつ言ってるが、親兄弟にイトコに、はとこ、おじ、おば、友人——どれもこれも、ニョロモだの、ニョロタだの、ニョロリーナなのだ。いちいち、おぼえてなんかいられない。


「どっちだっていいんだ。結婚したのか、しないのか」

「どっちだっていいんだって。ひどい」

「やっぱり小隊長は僕らがキライなんだ」


 めそめそするヘビの精をなぐさめるのに、ディアディンはいらぬ手間をとってしまった。


「助けてやると言ってるのに、キライかはないだろ。時間がもったいないから早く話せ」


 なぐさめというには乱暴だったが、いちおう、ウニョロたちは泣きやんだ。


「結婚はしましたよ」

「うれし、はずかし、新婚です。子どもはまだですけどね」


 その幸せなときに、なぜまた、ニョロは妙な行動をとるのだろう。

 ますます解せない。


 ヘビの精の住処なだけに、いやに蛇行する廊下を歩いていくと、ウニョロたち三人が使う部屋の近くまで来た。


 彼らの結婚は通い婚だ。

 兄弟は独身時代と同じ部屋を、共同で寝室にしている。


 ディアディンたちが部屋につかないうちに、ドアをあけて、なかから出てきたのは、ウワサのニョロだ。

 やはりアルビノになっているが、顔立ちは以前のまま端正だ。


 ディアディンたちには気づかずに、どこかへ急いでいくので、こっそり、あとをつけていく。


「ほらね。やっぱり、どこかへ行ってたんだ」

「ニョロぉー、僕は君を信じてるぞ」


 心配なのはわかるが、うるさくてしかたない。


「おまえたち、尾行なんだから静かにしてくれ。ニョロに気づかれるだろ」


 ディアディンの案じたとおり、ニョロは気配に気づいたのか、しきりと背後を気にしている。まがりかどのたびに、うしろをふりかえるので、どうにも尾行がやりにくい。

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