第10話 やさしい雨 2
「警戒してるな。うしろめたいことでもあるのかな」
「やめてくださいよォ。小隊長まで」
双子は否定するのだが、ニョロのようすは、ただの散歩などとはあきらかに違う。
くねくねと続く廊下をかけていき、満月の光あふれる庭園へ出ると、いよいよ油断なく人目を気にし始める。
「マズイな。庭だと見通しが悪いぞ。庭木のかげに入られたら、おしまいだ」
「もっと近づきましょうよォ」
あまり近づいてもと思ったのだが、見失うわけにはいかない。ニョロが立ちどまっているうちに距離をちぢめた。
しかし、心配どおりだ。
用心深く背後に注意していたニョロは、たちどころに、ディアディンたち三人に気づいた。すばやく密集した庭木のあいだへかけこんでいく。
「ニョロォ、待ってくれよー」
「なんで僕らにナイショで行っちゃうんだよー」
双子の問いかけにも答えない。
ディアディンが追って、ニョロの消えた庭木のかげに入ったとたんだ。
黒いヘドロのかたまりが、ディアディンの頭上にふってきた。
「あぶない! よけてッ」
ムニョロだかウニョロだか(どっちかわからない)の、せっぱつまった声に
とっさに、ディアディンは草の上をころがった。二、三回転してよけると、さっきまでディアディンのいたところにヘドロが落ちる。ジュッと音をたて、こげついたイヤな匂いがした。ケムリが立ちのぼる。
「だいじょうぶですか? 小隊長」
「これなんですよ。仲間がやられてるのは」
ムニョロたちが走りよってきたときには、ニョロの気配は去っていた。
ディアディンが立ちあがってみると、ヘドロが落ちたあたりは草が焼け、土まで黒く変色している。強い酸の匂いがした。
「おまえたちが毒をもっていると、予期しないでもなかったが、こいつはひどい。ニョロはおれを殺す気か?」
服についた泥をはらいながら、ディアディンは言う。ムニョロとウニョロが怒りくるった。
「ニョロがやったとでも思ってるんですか? 冗談じゃない」
「だから、このごろ徘徊してる悪しきものの仕業だって言ってるじゃないですか。ニョロはこんなことしませんよ!」
そうは言っても、さっきのあのタイミングだ。つけてくるディアディンたちを追いはらうために、ニョロがやったとしか思えない。
「とにかく、ニョロをさがしてみるか」
言ってはみたがムダだった。
そのあと、数刻にわたって、ニョロさがしに懸命になった。が、疑惑のヘビの精は見つからなかった。
「こまったな。おれはもうじき帰らなければならない。次に来られるのは満月の夜だ。それまで、なにごともなくすめばいいが……」
さっきのニョロのようすでは怪しいものだ。
ニョロと一族のあいだの確執は、最初にディアディンが思った以上に深いのかもしれない。一触即発なら、来月まで事態が待ってはくれない。
「そういうことなら」と言って、双子の片割れが、ふところから取りだしたのは、白っぽい干からびた布でできたマントだ。小さくたたんだものをひろげると、ちょうど双子の身長くらいになる。
ずいぶんペラペラの布だと思って、よく見ると、それは布ではなく皮だった。
「………」
なんとなく、その皮がなんなのか予想がついて、ディアディンは黙った。
すると、ムニョロとウニョロが二人がかりで、それをディアディンの肩に着せかけようとする。
「あ、ちょっと、おい。その皮は、もしかして——」
「そうです。この前、僕が脱皮したときの、ぬけがらです。これをかぶってるあいだは、あなたも僕らの世界へ来られますよ。まあ、ぬけがらに残った魔力では、せいぜい十日かそこらしか、もちませんが」
「………」
翌朝、目をさますと、たしかに、ディアディンはヘビのぬけがらをにぎっていた。
現実の世界ではただのヌケガラだから、かぶるというわけにはいかない。やぶれないように、そっと、たたんで袋に入れておいた。
とうぶん、これを身につけておかなければなるまい。
それはそれとして、いちおう、ディアディンは昼間、裏庭へ行ってみた。
ニョロニョロたちの正体が、裏庭に住むヘビだということは知ってるので、ニョロらしき白ヘビを見つけて、ようすをさぐってみようと考えたのだ。
出入り自由の裏庭へ行くと、ディアディンは白ヘビをさがして歩きまわった。木かげや植えこみのかげ、置き石のあいだまでのぞいて歩く。
そんなディアディンを庭師のリヒテルが、宝探しでもしていると勘違いしたのか微笑ましげにながめていった。
ちょっとシャクだが、どうにか、それらしい蛇は見つけた。
なぜ、それとわかったかというと、ウニョロとムニョロらしい二匹の白ヘビに追いかけられて、ペコペコ頭をさげながら逃亡していたからだ。
きっと昨夜はあれから寝室に帰ってきたところを、さんざん双子に問いつめられたに違いない。
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