第10話 やさしい雨 3



 ディアディンが物かげに隠れて三匹を追っていくと、ニョロは背の高い木の集まるところへ入っていった。

 するすると杉の木にのぼっていく。長い体をたわめ、じょうずに隣りの木の枝へとびうつる。


 あとから追っていた二匹は、マネしてとんでみたものの、失敗して、へチャリと地面に落ちた。

 二匹が目をまわしているうちに、すばやくニョロは去っていく。


 ただし、ディアディンがつけていることには、まだ気づいていない。

 慎重に追っていくと、奇妙にもニョロは狩りを始めた。

 裏庭をあらす悪しきものを狩るのが彼らの仕事ではあるが、それなら何も双子をまいて、一人になる必要はなかったろう。


 そのあと、ニョロは気がくるったように、貪欲そうな目のドブネズミや、凶暴なワシに果敢かかんに挑んでいった。ネズミはともかく、ワシはヘビの食料にしてはおかしい。


 事実、ニョロは自分で食べるわけではないらしかった。エモノをしとめると、物かげに運んでいき、すぐにまた出てくる。そして、次々に新たな敵に向かっていくのだ。


 やはり、何かが変だ。

 いかに相手が、長姫の眷族に害をなす敵とはいえ、彼らはニョロたちの食料でもある。狩りつくしてしまえば、白ヘビたちの首もしめる。


 第一、こんな、見さかいない狩りを続けていれば、いずれはニョロの身が危うくなる。ディアディンが見ているかぎりでも、しばしば、ヒヤリとすることがあった。


 それにしても、ニョロは狩りのあと、決まって茂みのなかへ入っていくが、どこへ行っているのだろう。

 しとめたばかりのエモノをくわえて、ひきずっていくニョロのあとを、ディアディンはつけた。

 ひときわ深い木立ちのなかへ、ニョロは入っていく。


 なにげなく、ニョロの入った茂みのなかをのぞきこんだディアディンは、そこにトグロをまくニョロの胴体に、もろに顔面をぶつけてしまった。


「いてッ」


 鼻の頭をおさえるディアディンに仰天して、ニョロがキバをむいてくる。


「あ、こらこら。恩知らずな。おまえ、毒ヘビなんだろ?」


 興奮したニョロは聞くものではない。カマクビをもたげて追いたててくる。

 ディアディンは根負けして逃げだした。


 その夜、ヘビのぬけがらをふところに忍ばせて、ディアディンは眠った。満月の夜のように、長姫たちの世界へ行くことができた。

 廊下のかたすみで、蛇皮のマントを頭からかぶっている自分を発見したときは、なさけなくなったが……。


 ちょうど双子の部屋の前だ。

 ディアディンはニョロに気づかれないように、双子をさそいだした。

 昨夜のように、ニョロは今夜も出かけるだろうから、庭に先まわりしておくためだ。


 現実の裏庭とは配置が違うが、昼間の茂みとおぼしきあたりにたどりついた。

 そこで、ニョロが来るのを待ちかまえる。


「なんか、匂いますね」


 待っているあいだ、ウニョロとムニョロは落ちつかない。


「おれがいるから、人間の匂いがするんだろ?」

「そんなんじゃないですよ。変だなあ。生あったかい空気も感じるし……」

「いいから黙ってろ。また、ニョロに感づかれるぞ」


 むりやり黙らせて、木かげに身をひそめていると、ようやく、ニョロが姿をあらわす。


 昨日、今日と尾行されて、ニョロ自身、疑われていることを自覚しているくせに、どうしてもここへ来ないではいられないらしい。


 ニョロが近づいてくると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


(子ども……? こんなところで、なぜ?)


 ニョロは泣き声にさそわれるように、茂みの奥へ入っていった。

 赤ん坊の泣き声はますます大きくなる。


 ディアディンたちは三人そろって、ニョロの消えた茂みの奥へ首をつっこんだ。


 そこにちょっとした空き地があった。落ち葉が集められ、寝床になっている。寝床には赤ん坊が寝かされていた。

 ニョロにあやされて、キャイキャイ笑っているようすはカワイイ……カワイイが、しかし、その大きさは、ふつうじゃない。赤ん坊の今でさえ、すでにニョロの倍以上あった。

 ニョロの腕にだかれて、しがみついているところは、だっこされてるんだか、今しもニョロを頭から丸のみしようとしてるんだか、判別に苦しむ。

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