第10話 やさしい雨 4



「わあッ、ニョロが赤ん坊のオバケに食べられるぅー!」

「ニョロー、いま助けるぞ!」


 双子が大さわぎして、このあとしばらく、収拾がつかなくなった。


 さすがに現場をおさえられて、ニョロは観念した。


「おちついてくれ。ムニョロ、ウニョロ。この子は私の子どもだよ。私を食べたりしない」


「ええッ、ニョロに子ども! オバケの子ども!」

「いつのまに、ニョロランさんは、こんなオバケの子どもを生んだんだ?」


「ウニョロ、変なこと言うなよ。ニョロランさんはオバケじゃないぞ」

「がーん! ニョロランさんはオバケだったのか?」


 話が進まないので、ディアディンは双子をニョロから引きはなした。


「おまえたち二人は黙ってろ。おれが話す」


 ディアディンが向きなおると、ニョロは目をふせた。


「このごろ、おまえのようすが変だったのは、この子どもを仲間たちにも隠して、一人で育ててたからだな。無謀な狩りをしてたのも、この子の食料だな?」

「そうです。小隊長にまで迷惑をかけて、もうしわけありません」


「そもそも、この子どもはどうしたんだ? おまえの実の子ってわけじゃないんだろ?」

「こうして見つかってしまったかぎりは、すべて白状します」と言って、ニョロは語りだした。


「ひとつきほど前です。裏庭を見まわっているとき、卵を見つけました。親もいないので、このままでは悪しきものたちに食べられてしまうと思い、安全な場所に隠したのです。卵がかえってからは食事をあたえ、そだててきました。この子がひとりだちできるまで、誰にもナイショにしておくつもりでした」


「ようするに、すて子だな」

「はい」


 双子はそろって泣きだした。


「水くさいよ。ニョロ」

「なんで僕らに言ってくれなかったんだよォ」


「すまない。結婚したばかりで、自分の子どももいないのに、よその女が生んだ卵を大事にしてると知れば、ニョロランさんが気を悪くすると思って……」


 ディアディンはヘビたちの会話に割って入る。


「いくら秘密を守るためとはいえ、おれにあんな強烈な酸をあびせてくるなんて、ひどすぎる。まともにかぶってれば死んでたぞ」

「はあ? 追いたてたのはすまなかったですけど、酸というのはなんですか?」


 ディアディンは昨夜の一件を話した。ニョロは顔色を変える。


「それは私のしたことではありません。近ごろ、裏庭に出るという、悪しきもののウワサは私も聞いています。そいつの仕業でしょう」


 こうして巨大な赤ん坊を見てしまえば、ニョロの秘密がその一点につきることは納得できる。

 しかし、昨夜のアレは、じつにタイミングがよかった。


「まさかと思うが……」


 ディアディンは、利口そうな目をして大人たちをながめている赤ん坊を見つめた。


「ニョロが卵をひろったのは、ひとつき前だな? ウワサの悪しきものが出始めたのはいつごろだ?」

「そうですね。ここ二十日くらいでしょうか。なあ、ウニョロ、ムニョロ」

「うん。それくらいかな」


「なら、卵がかえったのは?」


 ニョロはディアディンの考えに気づいて、ムッとした。


「ちがいますよ。この子がやったんじゃありません。この子は見てのとおり、まだ赤ん坊です。第一、この子は悪しきものではありません」


「そうは言うが、悪しきものがうろつきだしたのは、ちょうど、この子どもが来たころだ。子どもでいるのも、油断させるための偽りの姿かもしれない」

「ちがいます! いくら小隊長でも怒りますよ」


 巣に子どもをかかえた動物は気が荒くなるという。ニョロも気が立っているらしかった。がんとして、ディアディンの意見を受けつけない。


「まあいい。ここからさきは、おまえたちの問題だ。おれはニョロの隠しごとをあばく、という約束をしたんであって、悪しきものを退治するとは言ってないんだからな。あとは、おまえたちでなんとかしろ」と言って別れたものの、やはり、気になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る