第10話 やさしい雨 5

 *



 翌日、ディアディンは(まがりなりにも魔法使いの)ロリアンをつれて、裏庭へ行ってみた。


 茂みの裏にいたのは、卵からかえったばかりとは思えないほど大きな白ヘビだ。

 ニョロたちでさえ、胴の太いところは、ディアディンの二の腕くらいあるが、この子どもはそれよりさらに、ふたまわりは太い。長さはとっくにディアディンの身長をこえている。


「蛇ですね」


 むぞうさに白ヘビを手にとった——というより、引きずるようにして持ちあげたロリアンは、早々に自分の言葉を訂正した。


「ちがった。ヘビっぽい生き物だ。なんですか? これ。こんなの初めて見る。ほら」

 と言って、ディアディンにも、その部分を見せてくれた。


「ヘビなのに、足がある」


 おなかのほうをひっくりかえしてみれば、たしかに小さな四つ足がついていた。だが、トカゲというには、あまりにも胴が長すぎる。なんだか得体の知れない生き物だ。


「変わった生き物ですねえ。ちょっと、つれていって調べてみます」


 かってにつれ去ったので、その夜、ディアディンは不法侵入者にたたき起こされた。

 もちろん、ニョロだ。

 ヘビ皮のせいで、ディアディンが向こうへ行けるだけでなく、向こうからも行き来が自由になっているらしい。


「ニョロロンを返してください!」

「ニョロロン……? ニョロニョロの名前は、どうも区別が……」


「私の子どものニョロロンですよ!」

「ああ、あの赤ん坊……」


 眠いところを起こされて、大迷惑だ。


「たのむから寝かせてくれ。おれは眠いんだ」

「ニョロロンをさらうからです。あの子をどうするつもりなんですかッ?」


「どうするって、おまえ、いいかげんに目をさませ」

「ねぼけてるのは小隊長ですよ」


 しょうがなく、ディアディンはアクビをしながら起きあがる。


「そうじゃない。あの子どもがおまえたちの仲間じゃないことぐらい、おまえだって気づいてるんだろ? あれが悪しきものかどうかは別にしてもだ。おまえたちとは異種族だってことぐらい、見ればわかるじゃないか」

「それは……」

「だいたい、あれ以上、大きくなったら、おまえには養いきれない。今のうちに手ばなしてしまったほうがいいんだ」


「そんなこと言って、あの子をどうするつもりですか?」

「今、魔法使いが調べてる。やつらは珍しい生き物のあつかいにも慣れている。まかせておいても安心だろう。もし、ニョロロンが悪しきものだったとしても、魔法使いなら対処をあやまらない」


 ニョロは憤慨した。


「小隊長は悪しきものだった私を信じてくれたじゃないですか! なぜ、ニョロロンのことは信じてくれないんですか!」


 そう言われると、そうだ。

 異様な子どもではあるが、ニョロの言うとおり、悪しきもののような不快な感じはしなかった。


「まあ、なんにしろ、イジメてるわけじゃないから、心配しないで今夜は帰れ」


 なだめすかして、追い帰した。

 ところが、大きなことを言って、うけおった翌日。朝早くから、兵舎にロリアンがとびこんできた。


「すいません。ごめんなさい。なぐってくださってもいいです。だから、ほかの男に血をあげないで!」


 ウソ泣きしながら抱きついてくるので、お言葉どおり、ゲンコツをおみまいした。


「うるさいな! ていうか、おまえにだって血なんかやらないよ。なんの用だ!」

「それがそのォ……逃げられました」

「はあ?」


「ですから、昨日のアレです。ケージに入れといたんですけどねえ。エサをやろうとしたら、こう、するっと……」

「するっとじゃない! この大バカやろう!」

「だから、すみませんって……」


「もういい。責めるのはあとだ。今はとにかく探すぞ」

「あとで、しっかり責めるんですねぇ……」


 部下にも応援をたのんで、城じゅうをさがしまわったが見つからない。


「そうだ。父親のニョロのところに帰ったのかもしれない」

「ニョロだって、ニョロ。笑っちゃう」

「おまえ、かみ殺されても知らないぞ」


 まあ、どんなにニョロの名前を笑いたおしても、ロリアンがかみ殺される心配はなかった。


 裏庭へ一歩、足をふみいれたとたん、ぬけがらを持ったディアディンだけが、とつぜん発生した濃霧のなかに吸いこまれていったからだ。

 気がついたときには、いつもの夢のような、そうでないような世界へ迷いこんでいた。


 広い庭をあてもなくさまよっていると(なにしろ、来るたびに地形が変わる)、ちょうど、見まわりちゅうの双子とニョロに出くわした。


「あれ? 小隊長」

「なんで来たんですか?」


 すると、そのときだ。遠くのほうで、さわぎ声が聞こえた。ディアディンたちは急いで声のしたほうへ向かった。


 ディアディンにも見おぼえのある白ヘビ族の者たちが、城門近くに集まって、口々に怒鳴っている。

 その中心に、一人の白ヘビの精が足にヤケドをおって、うめいていた。例の悪しきものにやられたのだ。


「しっかりしろ! ニョロット」

「あいつめ、今日こそはしとめるぞ!」

「あっちへ行ったぞ。急げ!」


 わあッと大勢で走っていく。

 ディアディンたちもついていった。


 なんとなく、そんな気がしていたが、追いかけていったさきにいたのは、あの巨大な赤ん坊、ニョロロンだ。

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