第10話 やさしい雨 6



 ニョロロンはむちゅうでハイハイしながら、どこへやら向かっていた。集団のなかにニョロを見つけると嬉しそうに笑う。


 しかし、白ヘビたちは事情を知らないから、異常に大きな赤ん坊を見て、いっせいに叫び声をあげる。


「わあッ、なんだ、この赤ん坊!」

「さては、こいつだな。悪しきものの正体は」

「つかまえろ!」


 大勢でとりかこむので、ニョロが彼らを押しのけて立ちはだかった。


「やめてくれ! ニョロロンは悪しきものなんかじゃない!」


 ややこしいことになってしまった。


 ニョロの必死の説得も、興奮した白ヘビたちには届かない。白ヘビたちはニョロロンを悪しきものと決めつけた。ニョロロンをかばって抵抗するニョロともども押さえつけて、ロープでひっくくってしまう。


「やっぱり、おまえだったんだな。ニョロ。仲間の悪しきものをみちびき入れて、あばれさせてたんだろう」

「月のしずくさまに願いでて、裁きにかけてもらおう」

「それまで牢屋だ」


 なわにくくられて、親子はつれられていった。


「ああ、どうしよう。ニョロがつかまっちゃったよ」

「どうして、こんなことに……」


 嘆くウニョロとムニョロに、ディアディンは恨みがましい目つきで、にらまれてしまった。


「なんとかしてくださいよ。小隊長」

「そうですよ。一族の誤解をといてもらうのが頼みなんですから、小隊長の仕事でしょ?」

「なんとかしてくれないと、毎晩、小隊長の夢枕に立ちますからね」


「それはかんべんしてくれ」


 なんで、彼らを苦手なのかわかった。粘着質なところが、ロリアンに似てるからだ。


「わかった。わかった。あれだけニョロが訴えてるんだから、おれも信じてやるか。ニョロの疑いを晴らすには、まず、ニョロロンが悪しきものではないという証をたてなければならない。ニョロの言うとおりなら、裏庭であばれてるのは別のやつだ。そいつをつかまえるしかないな」

「じゃあ、つかまえましょう」


 ウニョロとムニョロはかんたんに言うが、これまで誰も姿を見ていないのだ。敵はそうとう用心深いか、敏捷びんしょうなヤツだ。


「何日かかるかわからないが、そのあいだ、ニョロは大丈夫なのか? 仲間たちは裁きにかけると言ってたが」

「長姫は満月の夜しか姿をあらわしませんから、それまでは問題ありません」


 長姫は満月の夜にしか咲かない花の化身だから、ふだんは眠りについているのかもしれない。


 死にも似た深い眠り。

 長姫の眠りを思うとき、ほんの少し切なくなる。


 彼女は何を夢見ているのだろうか。

 それとも、こうして存在する、この世界そのものが、彼女の夢なのだろうか。


「……なら、まだ二十日以上あるな。それまでになんとかしよう」

「よろしくお願いします!」


 ディアディンたち三人は気合いが入っているが、悪しきものをつかまえたと思いこんだ白ヘビたちは、すっかり気がゆるんでいる。戦勝祝いの酒盛りをはじめる。

 おかげで、裏庭の守りは、まったくお留守だ。


「今なら、悪しきものは、あばれほうだいだな。いくらなんでも、マズくないか?」


 庭のあちこちで飲んだくれて、長くなっている白ヘビの精たちに、ディアディンが危機感をいだいた、まさにそのときだ。


 それが起こった。


 わッと庭のすみで、さっきの騒ぎをはるかに凌ぐ悲鳴があがった。

 庭木のむこうに、黒いカマクビが立った。おどろくほど大きな黒ヘビだ。


 いや、ヘビではないのかもしれない。

 獅子のたてがみのように、さかだつ針のようなウロコが頭をおおい、そのいただきに二本のツノがある。もちあげたカマクビは、城の二階まで達しそうだ。


 その恐ろしいものが、強酸をまきちらしながら、酔いつぶれた白ヘビたちに襲いかかる。


「建物に入れ! 正気のやつは仲間をつれていくんだ! おい、ウニョロ、ムニョロ、手伝ってやれ」


 ディアディンは陣頭に立って指揮をとった。


 とはいえ、あまりにも強敵だ。

 なによりも、連射してくる酸がくせもので、近づくことすらできない。

 美しい庭が、みるみる酸で焼かれていく。

 どうにか被害を最小限にして、白ヘビたちを逃がすので精一杯だ。

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