第10話 やさしい雨 7



「全員、入ったかッ? よし、扉をとざせ。弓矢はないか? 石弓は?」

「そんなものありませんよ。人間じゃあるまいし」

「くそッ。おまえらは武器をもたないのか?」

「剣かヤリなら」

「じゃあ、ヤリだ。酸に注意して、窓からつくんだ」


 そうしながら、女子どもを奥へ逃げさせる。


「そうだ。体はデカイが、ニョロロンも子どもだ。牢から出して、安全なところへ避難させよう」

「そうですね」

「ウニョロ、おまえ行ってこい」


 ウニョロがかけていった。


 その少しあと、酸を吐き、巨大な体を打ちつけ、扉をやぶろうとする黒ヘビが急にひるんだ。何かをさぐるように胴体をおこして、ゆらゆらする。よく見ると、その体には四本の足がついていた。


(あれは、まさか、ニョロロンと同じ……?)


 そこへ、背後からいくつかの声がひびき、足音がせまってくる。


「待ってくれ、ニョロロン! そっちへ行っちゃいけない!」


 赤ん坊のくせに、すごい速さでハイハイして、ニョロロンが廊下を突進してくる。

 そのあとを必死になって、ニョロとウニョロが追っていた。


 ニョロロンはニョロが止めるのも聞かず、一心不乱に扉へと向かってきた。

 白ヘビたちがあわてて左右へ散るなかを、まっすぐにつき進んでくる。


 ディアディンたちの見ている前で、ニョロロンのひたいが割れ、小さな二本のツノがのぞいた。またたくまにツノは伸び、それにつれて、ニョロロンの姿も成長していく。扉にたどりついたときには、外にいる黒ヘビと同じものになっていた。


 だが、その姿は純白にかがやいて美しい。神聖なケモノだと、ひとめでわかった。


 ニョロロンは叫びながら扉をやぶり、黒ヘビに組みついていった。

 白と黒の大蛇が、からみあって死闘をくりひろげる。


 若いニョロロンは力ではまさっていた。が、戦いに慣れていなかった。弱ったふりをする敵のさそいに乗って、かみつこうとする。

 その喉笛のどぶえを逆に黒ヘビのするどいツメが引きさこうと狙う。


「あぶないッ、ニョロロン!」


 いつのまにかヤリを手に、ニョロが外へとびだしていた。

 黒ヘビは鬱陶うっとうしそうに、シッポのさきでニョロをはねとばした。


「うわああッ——」


 あっけなくニョロは倒れたが、しかし、その一瞬、黒ヘビにすきが生まれた。

 すかさず、ニョロロンが黒ヘビの喉をかみさいた。

 雷鳴とも、地響きともつかぬ怒号が天をふるわし、黒ヘビはくずれおちた。朽木のように、よこだおしになって消えていく。


「ニョロ、大丈夫か?」


 ディアディンたちがかけよって助けおこすと、ニョロは意識をとりもどした。


「……平気です。このくらい。それより、ニョロロンは?」


 ニョロが立ちあがると、ニョロロンは嬉しげにすりよる。今やニョロの身長ほどもある頭をこすりつけた。


「ニョロロン、よくやったな。おまえは私の自慢の息子だよ」


 ニョロは満面の笑みだが、なぜか、ニョロロンは悲しげな目をした。

 抱きよせるニョロの腕をのがれ、すっくと身をおこす。

 そして、とつぜん、空に向かって舞いあがる。


「ニョロロン! どこへ行くんだ? ニョロロン!」


 白く長い姿が、光の尾をひいて、天の高みへのぼっていく。


「ニョロロン! ニョロローン!」


 ニョロの声にこたえるように、くるりと青空に輪をかいて、ニョロロンは雲のはざまに吸いこまれた。


「ニョロロン……」


 気落ちするニョロの肩を、ディアディンはたたいた。


「ニョロロンは、あの悪しきものを滅ぼすために使わされた神獣だったんだ。そんな気がする」

「そうですね……」


 元気をだせと、ディアディンが言う必要はなかった。

 ニョロにはウニョロとムニョロがついている。


 ヘビ皮の効力も切れたようで、ディアディンの感覚は、しだいにその世界から遠くなっていった。

 かすんでいくディアディンの視界に、いつまでも空のかなたを見つめるニョロの姿があった。


 この話には少しばかり、後日談がある。


 ディアディンが忘れたころになって、かびくさい古めかしい本を持って、ロリアンがやってきた。一枚のさし絵をしめして教えてくれた。


「この前の生き物、なんだかわかりましたよ。遠い東の国では、よつ足のあるヘビを、みずち、というのだそうです。みずちは年を経ると、竜になって天にのぼるということです」

「そうか。あの長いのは、異国の竜か」


「むこうの竜は神通力で雨をふらすって書いてあるけど、ほんとですかね」

「たぶんな」

「なんでわかるんです?」

「さあ?」

「もったいぶらないで教えてくださいよ」


 ディアディンは笑ってごまかした。


 ただ、ときおり、小雨のふる日には裏庭へ行ってみる。

 すると、雨にぬれて空を見あげる、一匹の白ヘビが見られる。

 その視線のさきには、雲間にきらめく銀のウロコが、幻のようにかすかに見えた。育ててくれたヘビの親を、まだニョロロンは忘れていないのだ。


 無言で語る親子の言葉のかけはしのように、その日の雨は、不思議とあたたかい。




 了

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