第十一話 ためらい
第11話 ためらい 1
いつものように、そのウワサをディアディンのもとへ持ちこんだのは、情報通のアンゼルだ。
「このごろ、毎晩、馬屋から一頭ずつ、馬が消えるんだそうですよ。気味が悪いですね。魔物のしわざでなきゃいいけど」
考えごとをしていたディアディンは、ウワサを聞きつけてご注進におよんできた忠実な部下のために、つとめて明るくふるまう。
このごろ、ディアディンが沈んでいるから、手柄になりそうな話を持ちよって、元気づけようとしたのだろう。
(おまえのそんなところに、これまでも何度も救われてきたな。アンゼル)
だが、今回ばかりは、せっかくのアンゼルの心づかいも、あまり役には立たない。
ディアディンの心が別のことで、いっぱいになっているからだ。
時計の長老とネールの友情。
異種族でありながら、じつの親子より親子らしい、ニョロとニョロロン。
そんなニョロを信じつづけた、ウニョロとムニョロ。
たがいを信頼しあう彼らのかたい絆を思うと、胸の奥がチクチクする。
(おれがまちがってたんだろうか? なあ、リック。あのときの最後のおまえは……)
これまでも、何度も、何度も、
いや、そうではない。ほんとはとっくに知っていた。
だから、こうして砦に来たんじゃないか。
早く死んでしまいたくて。
自分の身のふりかたに決着をつけたくて。
ここでなら、かんたんに死ねると思ったのに……。
このごろは、満月の夜が待ちどおしい。長姫たちに会えると思うと、なんだか心がはずむ。毎日が楽しい。
そんな自分が不安になる。
このままじゃいけない——そう思う。
話に身が入らないディアディンに、アンゼルがたずねてくる。
「隊長、大丈夫ですか?」
「なんでもないよ」
ようすが変だとは思ったろうが、アンゼルはあきらめて口をとざした。
そして、満月。
呼ばれていったディアディンに、長姫は切迫したようすで用件をのべる。
「大変なことが起こっているのです。あなたのお力が必要です」
彼らが困っているのは、いつものことだが、今回はとくに切実なものを感じた。
「何があったんだ?」
「わたくしの命にかかわることです」
それは、たたごとではない。
「命だって?」
「十日前です。恐ろしい魔物がやってきて、こう告げました。次の満月の夜が明けるまでに、わたくしを人質にさしだせ。さもなくば、われらの眷族を一人ずつ食べていくと。今夜がその期限です」
「なるほど。それは不安だったろうな。さっそく退治しに行くか」
魔物退治は本業だから、ディアディンは負ける気がしない。かんたんに請け負ったが、長姫の顔色はすぐれない。
「いけません。いくら、あなたでも、そのまま行けば殺されてしまいます。今度の敵はほんとに強いのです。もともと人間を襲うほどの魔物ですから。
多くの力弱き一門が、われらと同じ要求をつきつけられ、長を人質にとられて泣いています。長をとられた者たちは、貢ぎものをさしださせられたあげく、重い労働をしいられます。死ぬまで召し使われるのです。
わたくしは、そのような苦しみに、わが民をさらすくらいなら、死ぬほうがマシです。けれど、わたくし亡きあとは、さらに弱いものばかり。 一同そろって逃げだそうにも、行くあてもなく、困りはてていたのです」
ディアディンは考えあぐねた。
「それほど強い魔物なら、おれたちの世界でも害悪が出てるはずだ」
あるいは馬が消えるというのが、それだろうか。
「話を聞くと、そいつは砦じゅうの魔物を支配する気でいるみたいだな」
「いずれ、人間たちを襲うときのすてゴマにするためです」
「なら、どうせ、おれの仕事だ。その魔物はどんな姿なんだ? または、どんな技を使うとか」
「強い力をもっていることはたしかですが、どんな魔法を使うのかはわかりません。姿も黒い衣で覆われていて、よくは見えません」
「もちろん、弱点も——」
「わかりません」
「しかたない。そいつは今夜、あんたを迎えにくると言ったのか?」
「いいえ。夜明けまでに、わたくしが魔道の塔へ行く約束になっています」
「魔道の塔?」
「あの魔物があらわれると同時にできた、ぶきみな塔です。そこに、その魔物は住んでいます。ですから、われわれは、その者を『魔道の塔の悪魔』または単に『魔道』と呼んでおります」
「わかった。そこへはおれが行く。あんたはここで待ってろ」
すると、きっぱりと長姫は断言した。
「わたくしも行きます」
「なにを言ってるんだ。あんたを人質にとられたら困るんだ」
「それについては秘策があります。おまかせください」
どんなに説得しても、長姫が聞かないので、そのうち、ディアディンのほうが折れた。言いあらそっている時間も惜しい。
「あんたもたいがい強情だな。しかたない。あんたの秘策ってのを聞かせてもらおう」
聞けば、さほど悪くない策だった。それが魔道に通用するかどうかはわからないが、このさい、それに賭けてみるしかない。
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