第11話 ためらい 2



 というわけで——


「お気をつけて。長姫。かならず帰ってきてくださいよ」

「小隊長。長をお守りしてください。たのみましたよ」


 ディアディンと長姫は、心配げな眷族たちに見送られ、二人きりで城をでた。


 長姫たちの住処は、現実の砦とは微妙に違うところらしい。だから、城門を一歩でると、見たこともない風景が広がっていた。


 満月の光がてらすのは、まるで、おとぎ話のさし絵のような世界だ。


 真珠色の木々の並木道。

 夜空にうかぶ、ひとすじのリボンのように、白い石畳が輝いている。

 並木道のむこうには、ガラス細工のように花びらのすきとおった花が咲きみだれていた。

 ふわふわ飛んでいるのは蛍だろうか。あんがい、妖精かもしれない。


(そうだったな。こういう乙女チックなのが、長姫の趣味だった)


 今でもやっぱり絵本が好きなのだろうか。

 少女のままの純真な心を失ってはいない長姫だから。

 まあ、だからこそ、長姫の世界は、長姫の世界として存在しているのだろう。


 ディアディンは片手にランタン、片手に長姫の手をとって歩き始める。


「このあたりは、わたくしの領内です。じきに景色が変わります。そこから先は、ほかの種族の領土です。良きものもいれば、悪しきものもいますが、道中で襲われはしないでしょう。今夜、わたくしが人質になることは知れわたっていますから。魔道の怒りを買うマネはいたしません」


 そう言う長姫を見て、ディアディンは申しわけないが笑ってしまった。


「それはいいが、ほかの種族の領土に入ったら、あんたは喋らないほうがいいな。せっかくの作戦も水の泡だ」

「わたくしだって、やればできます」

「そうだといいけど」


 こんなときだが、ムキになっている長姫がカワイイ。


 しばらく歩いていくと、木立ちはとだえ、草原になった。青々と茂るやわらかな草が風にうねる。

 さわやかなハーブの香りに迎えられて、二人が歩いていくと、ひづめの音が近づいてきた。みごとな体つきの葦毛あしげの馬がかけてくる。見るからに、王侯貴族の乗る名馬だ。


「そこにおられるのは、月のしずくさまではありませんか?」


 この世界では、馬が口をきくことぐらいで驚いてはいられない。


「そうです。あなたは?」


 言葉少なに答えると、馬はディアディンたち二人に礼儀正しく頭をさげた。


「はじめまして。よく走る民の一人、あしの速足ともうします。これから魔道の塔へ行かれるのですね。つきましては、私を同行させてくださいませんか? 見れば、人間の戦士を一人つれただけ。さぞ、お心細いでしょう」


 いらんお世話だとディアディンは思ったが、ここはしかたなくガマンしておいた。


「おっしゃるとおりです。でも、なぜ、同行したいのです? 魔道は誰もが恐れる悪しきものです。それを承知で同行とは……あなたの真意がわかるまで信用できません」


 相手が何者なのかわからないので、ひとまず、さぐりを入れてみた。すると、こういう答えが返ってくる。


「じつは、われらの長が、魔道の塔に囚われているのです。一族の力自慢が何人も助けに行ったのですが、誰一人、帰ってきません。かくいう私の兄もその一人です。このまま、見すごすわけにはいきません。今夜は私がまいります。道中、お見かけしたので、お困りであれば、ごいっしょにと思ったのです」


 ディアディンが見ると、長姫はうなずいた。いちおう、悪しきものではないようだ。


「同行しましょう」


 ディアディンが言うと、アシの速足は、うやうやしくディアディンの前に背中をさしだした。


「どうぞ、お乗りください」


 ディアディンは苦笑した。


(おれじゃなく、長姫に言ってるつもりなんだろうな)


 そう思うと、勘ちがいがおかしくてならない。

 しかし、この姿ではしかたない。

 さきほど、長姫にこの策を聞かされたときには、ディアディン自身も驚いたのだから。

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