第11話 ためらい 3



「なんだって? おれとあんたの姿を入れかえる?」

「わたくしがあなたに、あなたがわたくしの姿になるのです。そうすれば、魔道も油断するでしょう。魔道を討つ好機をえられると思うのです」


「でも、それは、めくらましの魔法をかけるって意味だろ? あんたより強い敵にはきかないんじゃ?」


「あなたも気づいていらっしゃるでしょう。ここは人間界とは異なる世界です。あなたの眠っているあいだの意識を、わたくしの世界へ呼び入れているのです。

 ですから、ここでは、あなたは実体をもっていません。あなたがあなたの姿をしているのは、あなた自身の無意識の選択です。もし、あなたが別の姿になりたいと望めば、そうなることが可能です」

「理屈はわかる。できるかどうかは別だが」

「なれるまでは気力が必要かもしれませんが、役者になったつもりで、わたくしを演じてみてください」

「役者ねえ……」


 そう言われると、ちょっと楽しそうではある。


「でも、それだと、魔道はあなたをおれだと思うわけだろ? あなたには人質の価値があるが、おれにはない。おれに化けたあなたを、魔道は殺そうとするかも」

「わたくしだって一門の長です。自分の身を守るくらいできます」


 ディアディンは心配だったが、長姫が聞かないので、けっきょく、姫の案をとりいれ、今にいたるわけだ。


 だから、今の長姫はほんとはディアディンである。

 自分の前に背中をさしだすアシの速足を見て、ディアディンは困ってしまった。深窓の姫の月のしずくを歩かせて、騎士の自分が馬に乗るのは抵抗がある。


 さて、どうするかと考えていると、もうひとつ足音が近づいてきた。

 今度やってきたのは、まき毛のたてがみの子馬だ。雪のように白い。


「月のしずくさま。ぼくもつれていってください。きっと、あなたの役に立ってみせますから」


 アシの速足が鼻さきで笑う。


「子どもの遊びじゃないんだぞ。ちび。おまえはひっこんでろ」

「ぼくはチビじゃないぞ。白い竜巻って、りっぱな名前があるんだ」

「名前はりっぱだが、おまえは一族のおちこぼれだ」

「ぼくだって……やろうと思えばできるんだ」


 どっかで聞いたようなセリフだったので、ディアディンは苦笑いした。


「では、ともに参りましょう。白い竜巻。あなたはわたしの騎士を乗せてください」


 あくまで長姫らしく、気高く、かつ、しとやかに言うと、小さな竜巻は心から感激して目を輝かせた。


「まかせてください!」


 チビ竜巻をバカにしているアシの速足は不愉快げに嘲笑あざわらった。


「おまえに大人の男を乗せていけるもんか。すぐに重くて、つぶれてしまうさ」


 ところが、見ためはディアディンだが、なかみは長姫なので、子馬はラクに乗せられた。


「へえ。ビックリ。大人の人間ってけっこう軽いんだね。なんだか、そよ風をのせてるみたい」

「やせガマンして」


 そう言うアシの速足のほうが、砦で鍛えた戦士のディアディンの、予想外の重さにたじろいだ。


「い……意外と重いのですね。いつも私が乗せてる連中と同じくらいありそうだ」


 ディアディンはふきだしたいのをこらえて、すまして答える。


「魔道さまに許しを乞うため、貢ぎものを持ってきました。そのせいでしょう」

「ああ、それで。ということは、あなたは魔道に屈するおつもりなんですね?」

「人質だけは許していただきたいのです。わたくしたちは、弱きものの集まりですから」


 いかにも長姫の言いそうなことを話しながら進んでいく。


 アシの速足は名前のとおり、すばらしく速い馬だった。

 チビの竜巻はけんめいにそのあとをついてくる。


「待ってよ。待ってよ。はやすぎるよ」

「だから、おまえはいらないと言ったんだ。今からでも遅くはないから帰るんだ」

「だ、だいじょうぶだよ。このくらい、ぼくだって」


 わりに負けずぎらいのチビで、息をきらしながらも、どうにか追ってくる。


 みるみる景色がすぎていく。

 草原は遠くなり、いくつもの種族の領土を通りすぎた。

 美しかった風景がどこか陰鬱いんうつになり、しだいに禍々しくなってくる。

 とがった木が地面をつらぬくヤリのようにつきだした岩山にたどりついた。


「このさきが魔道の塔です」


 さもあろう。

 あたりにただよう邪気は、ディアディンが砦で慣れ親しんだ、悪しきものの気配だ。


「まだ、このさき、長いのですか?」

「私の足ならまもなくですよ」


 空には黒い雲が渦巻いて、重苦しくたれこめている。

 あれほど明るい光をなげていた満月も見えない。

 しばらくして、山頂に不吉な塔が見えた。やせほそった人間の手のような形の黒い塔だ。

 ディアディンたちが塔の前に立つと、入口の扉がしぜんにひらいた。


「どうやら、歓迎の意味らしいですね。まいりましょう」


 ディアディンはアシの速足の背中から降り、先頭に立って歩いていった。


 長姫はディアディンらしく、雄々しくふるまおうとしているが、かすかに肩がふるえている。自分の姿だから、ちょっと笑える。


「ディアディンさま。手をつないでいてください。あなたの勇気が、わたくしに力をあたえてくださるように」


 言うと、長姫のディアディンはなまめかしく微笑んで、ディアディンの背にひっついてきた。

 できれば、いつもの姿のときに、そうしてほしかった。

 でも、かわいい。


 そのあとを、アシの速足と白い竜巻が、こっちも、ややふるえながらついてくる。

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