第11話 ためらい 4



 塔のなかは、ともし火ひとつない。

 窓もなく、ディアディンの持つランタンだけが、かすかに闇を切りさく。


 しかし、その光も塔の邪気に吸われるように、たよりなく、またたく。

 ほとんど手さぐりで進んでいくと、前方に青白い光が見えた。


「魔道さま。月のしずくがまいりました。そこにいらっしゃるのですか?」


 ディアディンの問いに応じて、光が強くなる。

 遠くで古い金具のきしむ音がした。

 光のなかに人影があらわれる。全身に黒衣をまとっていて、その姿はよくは見わけられない。背の高い大きな男であることはわかった。


「一人で来いと言ったのに、ずいぶん、つれているな」


 黒い影のような姿が、するすると近づいてきた。

 ディアディンは、わざとふるえあがって恐れるふりをした。


「どうぞ、おゆるしください。さからうつもりはないのです」

「それはどうかな。まあいい。どうせ、おまえたちはおれには勝てない。さあ、来い。月のしずく。歓迎してやろう」


 魔道が言うやいなや、ぱくりと地面に穴があいた。

 長い落下感とともに、ディアディンは長姫たちと引き離されてしまった。

 魔法で受けとめられたのか、ふわりと落ちて、ケガはなかった。


 ランタンを手にしたままだったから、室内が見える。

 そこは格子窓のついた扉で閉ざされた、せまい一室だ。石だたみがむきだしで飾りも何もない。ほぼ牢屋だ。ただ、そまつなベッドと鏡台がある。


 扉に手をかけてみたが、もちろん、あかない。


「魔道さま。わたくしをとじこめて、どうするつもりですか?」

「どうもしやしない。おまえはそこで、おとなしくしてるがいい」


 声は部屋の外から聞こえた。

 ディアディンが格子のすきまからのぞくと、黒い影が立っていた。


「ウワサどおり、きれいな女だな。いや、ウワサ以上だ。気に入った。おまえをおれの花嫁にする」


 それは、こまる。

 いくらなんでも、それは許容範囲外だ。


「いえ、その、急にそんなこと言われても、決心が……それに、わたくしのつれはどうなったのですか? 彼らにもしものことがあれば、わたくしにも考えがありますよ」


 魔道は高笑いした。


「けなげを言う。心配せずとも、おれはヤツらを殺しはしない。ヤツらはただ永遠に塔のなかをさまよい歩くだけさ」


 塔のなか全体に、迷路の魔法でもかけてあるのかもしれない。


(とすると、今すぐ長姫に危険がおよぶわけじゃないのか。だけど、あの人は満月の日のほかは動けないはずだ。月がしずむまでに、早く見つけてやらないと)


 考えているあいだに魔道は去っていった。


 一人になったディアディンは、ベッドにすわって今後の対策をねる。

 すると、鏡台の鏡のなかに、ぼんやりと人影が見えた。目をこらすと、それはディアディンの姿の長姫と、二頭の馬の精になった。

 鏡のなかから、長姫が呼びかけてくる。


「そこに鏡があるのですね。そのランタンで鏡をてらすと、その人の見たいものが見えます。わたくしたちのことを考えていたのですね?」


 ディアディンらしからぬ、お上品な口調だが、このさい、そんなことはかまっていられない。


「あなたも無事なようで何よりだ。魔道はこの塔のなかは迷路になっていると言っていた」


「そのようです。あなたがつれさられると同時に、わたくしたちは奈落へ落とされました。ここは洞くつを利用した迷路です。魔道は侵入者が来たら、ここへ落として身を守っているのですね」


「どうにかして合流したいが」

「迷路さえぬければ、かんたんです。わたくしはそのランタンの光を感じられますから」


「それはよかった。今はどうだ? ずいぶん離れてる感じか?」

「多少、離れているようです」

「じゃあ、少し時間がかかるな」


 魔道も結婚式のしたくに、しばらく時間をついやすだろう。


 しかし、扉にカギがかかっている。合流しても、長姫たちはこの部屋のなかまで入れない。


 ディアディンは考えこんだ。


(やっぱり、魔道はそうとう強い魔力の持ちぬしか。せめて、もう少し力になる助けがいてくれれば)

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